土田知則×巽孝之トークイベント(東京堂書店)載録 ポール・ド・マン事件とは何だったのか!? 『ポール・ド・マンの戦争』(彩流社)刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年6月22日 / 新聞掲載日:2018年6月22日(第3244号)

土田知則×巽孝之トークイベント(東京堂書店)載録
ポール・ド・マン事件とは何だったのか!?
『ポール・ド・マンの戦争』(彩流社)刊行を機に

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第4回
歴史学者による誤った情報の流布

土田 
 本書に収録した戦時中のド・マンの記事の原文は、ド・マンの死から四年後に出版された『戦時ジャーナリズム 一九三九―一九四三』に収録されています。この本は戦時中に発刊されたド・マンの記事をほぼ隈なく蒐集し、記事をそのままコピーして載せた内容なんですね。私はこの本を出来るだけ精読しました。「ポール・ド・マン事件」のきっかけとなった「現代文学におけるユダヤ人」のフランス語で書かれた原文を最初に読み、翻訳した日本人は私が最初かもしれません。もちろん英語翻訳版にもきちんと目を通しています。
巽 
 それは英仏両方を使いこなせる土田先生ならではのお仕事でしょう。
土田 
 ここで論じたいのは、「ポール・ド・マン事件」を契機にド・マンを批難した人たちは、果たしてこの本をきちんと読んだのか、ということです。このことは本書の第五章にも書きましたが、J・ヒリス・ミラーが同じ論点でこの問題を指摘しているんですね。ド・マン・バッシングをする人たちは一様に問題の記事の原典に当たらず、誤った情報を吹聴し、批判的な空気を作り出したきらいがある。その最たる例としてミラーはジョン・ウィーナーという歴史学者の名を挙げ、彼の不正確なド・マン評に対する反論を行ったのです。
巽 
 ジョン・ウィーナーは雑誌『The Nation』に寄稿するほどの、一般的にもよく知られた歴史学者です。カルフォルニア大学アーバイン校で教鞭をとっていて、そこでは奇しくもミラーとは同僚だった、という経歴の持ち主ですね。
土田 
 当時からウィーナーの発言には社会的影響力があり、さらにそれが発信力の強い媒体から広められ耳目を集めていました。しかし、残念なことにウィーナーによる間違いに満ちたド・マン評も彼の他の発言同様、巷に流布してしまった。その歪んだ情報は一般読者のみならず、あろうことか、私が若い頃読んで尊敬の眼差しを向けたジェフリー・メールマンやフランク・レントリッキアといった高名な学者たちも反ド・マン思想の潮流に乗っかってしまった。これは大変悲しいことです。
巽 
 ウィーナーの罪業について土田先生は本の中で厳しく指摘されていますが、最も基本的な部分で彼は論敵であるド・マンの没年を間違えて発信している。これは歴史学者としてはあるまじきミスだと言えるでしょう。
土田 
 それにウィーナーはド・マンが戦時中にユダヤ人問題に言及した記事が二篇あると述べていますが、正確には一篇、「現代文学におけるユダヤ人」だけなんですよ。これは『戦時ジャーナリズム 一九三九―一九四三』をきちんと読めばわかることじゃないですか。つまり、自分の目で事実検証していないことを自らの誤った情報によって証明しているわけです。

ミラーもウィーナーに対して「あなたは本当にその問題の記事を読んだのですか?」と問いかけたくらいですから。
巽 
 ウィーナーはミラーが行った数々の指摘に対して、「原稿の締切に追われていた」とか、ありえない言い逃れをしていますよね。
土田 
 もう一点ウィーナーの歴史学者あるまじき発言として『戦時ジャーナリズム 一九三九―一九四三』に掲載された原文そのままの「現代文学におけるユダヤ人」はフランス語で書いてあるため一部の人間にしか読むことができない「ダメージ・コントロール」された資料だと述べています。
巽 
 そもそも『戦時ジャーナリズム 一九三九―一九四三』に掲載された資料がこの問題における一次資料に該当するので、むろん「ダメージ・コントロール」にはあたらないはずですよ。
土田 
 とんでもいない理屈ですよね。きっと彼はフランス語が読めなかったからこういった発想に至ったのだと思いますが(笑)。

そんなウィーナーをはじめとするド・マン弾劾者たちは、ド・マンという人物はベルギー時代に書いたスキャンダラスな記事をひた隠しにしていて、その存在が衆目に晒されたことこそが、対独協力に加担した揺るぎない証拠になったと声高に喧伝して、今では通説になってしまいました。しかし、元をただせばこの記事はド・マンの弟子で大学院生だった頃のオルトウィン・ド・グラーフが博士論文を書くための資料を漁ったときに偶然発見したもので、要するに探そうと思えば誰でも見つけることができた代物でした。ブノワ・ペータースも『デリダ伝』(白水社)の中でド・マンは記事を隠していなかったと言及しています。

だからド・マンを否定したい人たちは端から問題とされる記事を自分で探すことをせず、また読むことも怠ったまま、断片だけを切り取って糾弾することで、ポール・ド・マンという存在を歪めてしまったわけです。
巽 
 ポール・ド・マンを象徴するキーワードに新批評の「精読(クロース・リーディング)」ならぬ「謹厳なる読み(リゴラス・リーディング)」がありますが、ド・マンは実際、新批評を上回る精度でテクストを修辞的に徹底的に読み込み、文学批評の新地平を切り拓いた。わたしが過去三十年余り、この批評家を読み続けているのも、例えば有名な論文「時間性の修辞学」や最近完全版が発掘された「ヘルダーリンとロマン主義的伝統」などにおいて、その厳密極まる読解の果てに、旧来のパラダイムを根本から転覆してしまうような批評的スリルが待ち構えているからです。しかし、反ド・マン勢力は、少なくとも読みの品質において、ド・マン自身に到底及ばないほど粗雑であり思い込み優先なんですね。
土田 
 「ポール・ド・マン事件」の真相は、ド・マンを否定したい人たちによる「読むことの不在」が招いた狂乱だと、私は見ています。

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この記事の中でご紹介した本
ポール・ド・マンの戦争/彩流社
ポール・ド・マンの戦争
著 者:土田 知則
出版社:彩流社
「ポール・ド・マンの戦争」は以下からご購入できます
盗まれた廃墟  ポール・ド・マンのアメリカ/彩流社
盗まれた廃墟 ポール・ド・マンのアメリカ
著 者:巽 孝之
出版社:彩流社
「盗まれた廃墟 ポール・ド・マンのアメリカ」は以下からご購入できます
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