土田知則×巽孝之トークイベント(東京堂書店)載録 ポール・ド・マン事件とは何だったのか!? 『ポール・ド・マンの戦争』(彩流社)刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年6月22日 / 新聞掲載日:2018年6月22日(第3244号)

土田知則×巽孝之トークイベント(東京堂書店)載録
ポール・ド・マン事件とは何だったのか!?
『ポール・ド・マンの戦争』(彩流社)刊行を機に

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第5回
事件以前から抱かれた嫌悪


巽 
 「ポール・ド・マン事件」が勃発する以前からド・マンやデリダが代表旗手のポストモダン批評理論に反発を示した人たちは、欧米のアカデミズム界隈を中心にかなり多くいて、脱構築がセオリー化し文学批評の正典と化してしまうことに強い抵抗感を持っていました。騒動の引き金となった「現代文学におけるユダヤ人」はきっかけの一つに過ぎず、記事が表に出たことで、それまで表面化していなかった「脱構築」批評理論に対する一種の嫌悪感が爆発し、アメリカを震源地としてヨーロッパにも波及し、最終的に世界中の学問空間を大きく揺るがしました。

ド・マンは亡命ベルギー人でありながら、アメリカの言論界における最高位にまで昇りつめ、同時に多くのヘイト感情も呼び込んだ存在だったわけですね。さて、本書で渡米前のド・マンについても触れられている土田さんは、ベルギー時代の彼の理論と後年、一九四八年にアメリカへ移住してからの「脱構築」理論とは連続性があるのか、それとも断絶しているのか、その点はどのようにお考えになっていますか。
土田 
 渡米前と後で彼の理論は確実に断絶していると思います。特に歴史観の部分においてベルギー時代のド・マンは後年、自身が否定する「審美イデオロギー」あるいは「美学イデオロギー」といわれる、旧来型の連続性を伴った観点を軸に見ていた節がありますから。それがアメリカに渡ってからは歴史を言語的に捉える反―歴史的な態度を取るようになり、難しい概念を駆使しながらヨーロッパ流の古い伝統手法を一蹴してしまった。

また、ベルギー人のド・マンはヨーロッパの中でもマイナーなフラマン語を母語にしていて、フランス語やドイツ語は駆使できたといえども、アメリカにおいてはかなり異質な存在として見られたでしょう。

そういった「よそ者」が伝統的な学問議論の場に、全く新しい難解な概念を持ち込んで破壊を試みるわけですから、古い考えを持った学者たちからすればたまったものではなかったと思いますし、さぞかし嫌われたでしょうね。
巽 
 ド・マンがもたらした学問の新基軸と生まれながらの「差異」がのちの嫌悪感に繋がっていくわけですね。
土田 
 「よそ者」ということを掘り下げて言及するならばド・マンの盟友ジャック・デリダもユダヤ系フランス人とはいえ出身はアルジェリアなので、欧米人からすれば「よそ者」に映っていたのではないですかね。
巽 
 アフリカにルーツを持っていて、先祖はアラビア語を喋っていたわけですから、生粋のヨーロッパ人として見ることは出来ない。むしろ周辺的存在にすぎない。
土田 
 当時の言論界の住人たちはド・マンらの活躍が華々しき頃においてはアイビーリーグに招聘し、大スターのようにもてはやしたのに、「事件」以降は途端に手の平返しです。そしてインベーダー扱いでことごとく排除してしまった。

さらに「イエール学派」を形成したド・マン、デリダ、ハートマン、ミラー、ブルームといった主要メンバー批判にとどまらず、彼らの教え子たちも一蓮托生に悪役にしてしまうほどでした。
巽 
 「イエール学派」を筆頭にド・マンは優秀な弟子を多く育てていたので、言論界でとりわけ大きな影響力を持っていた、ということも要因としてあるでしょうね。私がコーネル大学で教わったシンシア・チェイスや彼女のご主人のジョナサン・カラー、土田さんが以前翻訳されたバーバラ・ジョンソンやショシャナ・フェルマン、ほかにもガヤトリ・スピヴァク、キャロル・ジェイコブズ、アンジェイ・ワーミンスキーなど錚々たる顔ぶれを世に送り出しています。学問的な功績は言うに及ばず、とりわけ女性の批評家たちを多く輩出した点も、フェミニズムにまで及ぶ脱構築の影響力を高めた。

関連するお話として、ド・マンの愛弟子にあたるバーバラ・ジョンソンは後に「脱構築」を「新歴史主義」や「ポストコロニアリズム」に絡める理論の展開を試みるのですが、そのことがド・マン批判の射程を奇妙な形で拡大してしまった。つまり、一つの事象に端を発し連鎖的に他の研究領域までも犯してしまう、非常に馬鹿げた現象が起きてしまったのですね。
土田 
 こうした批判的な動きの背景にあるのは、自分たちとは違う「差異」を作り出した者たちに対する「やっかみ」そのものなんですよ。「差異」を受け入れられない貧しい土壌に居たから、何でもかんでも排除しようとしてしまった。まさに「卑俗な」精神の現われそのものだといえます。
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この記事の中でご紹介した本
ポール・ド・マンの戦争/彩流社
ポール・ド・マンの戦争
著 者:土田 知則
出版社:彩流社
「ポール・ド・マンの戦争」は以下からご購入できます
盗まれた廃墟  ポール・ド・マンのアメリカ/彩流社
盗まれた廃墟 ポール・ド・マンのアメリカ
著 者:巽 孝之
出版社:彩流社
「盗まれた廃墟 ポール・ド・マンのアメリカ」は以下からご購入できます
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