土田知則×巽孝之トークイベント(東京堂書店)載録 ポール・ド・マン事件とは何だったのか!? 『ポール・ド・マンの戦争』(彩流社)刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年6月22日 / 新聞掲載日:2018年6月22日(第3244号)

土田知則×巽孝之トークイベント(東京堂書店)載録
ポール・ド・マン事件とは何だったのか!?
『ポール・ド・マンの戦争』(彩流社)刊行を機に

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第6回
現在もなお続くド・マンの「戦争」

土田 
 「ポール・ド・マン事件」という欧米の学界・言論界を中心にして巻き起こった熱病の如き騒乱は、まもなく人々の記憶からも消えていくことでしょう。この事件から見えてくるものは「差異」あるものに対し拒絶的な態度を示し、「読むことの不在」のまま、相手を徹底的に糾弾する姿勢でした。

しかしながら、この姿勢は例えば後年の「ソーカル事件」にも繋がってきますし、今、日本の教育現場で起きている人文科学系、とりわけ文学の学問領域が不要なものとして切り捨てられようとしている問題の流れの源流にあるようにも思えます。

本書の題である『ポール・ド・マンの戦争』は、デリダによるド・マン擁護の論文『貝殻の奥に潜む潮騒のように――ポール・ド・マンの戦争』の副題から拝借しましたが、デリダが見たド・マンの「戦争」は、戦時体制下における一篇の記事が示した、権力によって簡単に潰されかねない言論の問題をどう克服するかというド・マン流の言語的戦闘のありかを指すと同時に、読むことを放棄したまま他者を否定するあり方の批判でもありました。

そうしたデリダの批判もむなしく、不幸にも今の我が国の政治の現場では同じような過ちが繰り返されている。読まなければならないモノを読まずに改竄、あるいは隠蔽して言い逃れする。まったく愚かしい事です。「ポール・ド・マン事件」は風化しても、ポール・ド・マンの「戦争」は今もなお続いているといえます。

私自身、現在進行系の「読むことの不在」の問題に対して警鐘を鳴らす必要があると感じていました。まさにその危機感がこの本を執筆するための原動力となったわけです。
巽 
 確かに、今まさに、証拠隠滅や公文書改竄にひた走る日本のお粗末な政治は、残すべき行政上のアーカイブすら読みえなくしている。この流れは政治以外のあらゆる場所へと広がっていくことはもはや自明で、テクストを「読む」ことを不可能にする動きは翻って、学問、特に文学研究の場において、最も由々しき悪影響を及ぼすでしょう。

この本で土田さんが述べている戦時ジャーナリズムの有り様は、今流行りの言葉で言うならば、ヒットラーに対する忖度ですよね。さしものド・マンからもそれなりに忖度のあとは見受けられますが。このような忖度が生じる要因は何かと言えば「検閲」であり、忖度は「自己検閲」と言い換えてもいいかもしれません。振り返ってみれば、四半世紀ほど前に筒井康隆氏が断筆を余儀無くされたのも、ポリティカル・コレクトネスの勃興を承けたメディア側の自主規制が蔓延してきたのがきっかけでした。

言論に対する忖度は戦時中のナチス・ドイツ統制下の地域に限った話ではなく、アメリカ史の中でもしばしば登場します。例えば一九世紀なかばに黒人奴隷制度廃止を唱えれば、時の政府からリンチされることもあったし、9・11同時多発テロの後、ブッシュ政権に抗する発言は検閲対象で、それは学問研究の場にも及ぶほどでした。
「検閲」は決して歴史上の負の遺産にとどまらず、極めて今日的な問題の一つだともいえます。残念なことに今の日本では検閲に対する空気は感じにくいですが、現に政権に対する自己検閲としての忖度が働き、官僚による歴史改竄を招いてしまった。一方、ド・マンの「現代文学におけるユダヤ人」の原文はきちんと残っていて、そっくりそのまま、今でも読むことができる。
土田 
 これこそがまさに「ポスト・トゥルース」の時代といえるでしょう。
巽 
 「ポスト・トゥルース」の時代においてあえて私の研究に引きつけてお話をまとめるとすれば、現在のアメリカ研究は「トランス・ナショナル・アメリカン・スタディーズ」というアメリカ国外からみたアメリカ研究の方法論を重視しています。これは9・11同時多発テロが引き起こしたアメリカ国内の言論検閲を免れるために発生した、新潮流であるともいえるでしょう。

本日の主役、ポール・ド・マンも我々と同じ外国人の視点でアメリカを捉えていた。だからこそアメリカの言論界に「差異」をもたらし、新しい学問を興すことに成功した。それに思いを致すとド・マンという人物は、日本人が外国文学を研究する上でも大いに励みになる存在なんですね。
「ポスト・トゥルース」の時代だからこそ「差異」への眼差しはますます重要になるでしょうし、今、世の中が見失おうとしているド・マン的な「謹厳なる読み」を徹底する姿勢を守り抜くためにも、人文学研究の火は絶やしてはいけないと思います。
土田 
 やはり「差異」はとても重要で、私も自分の教え子たちに「差異」を認識してもらうために、まず外国語を学ぶように教えています。特に英語以外の言語ですね。英語でなければどんな言語でもいいです。外国語というのは要するに他者そのものなんですよ。これを身につけないことには人間の「多様性」や「差異」に気づくことができない。私があえて英語を勧めない理由は英語だとむしろものごとを平準化してしまい、「差異」を無くしてしまうからなんです。それに今更日本人が英語を学んだところで、アメリカ人やイギリス人には到底勝てませんしね(笑)。

また、語学以外の学問を学ぶ場合においても、自分にとってより異質なもの、本当に知らないものにこそ挑戦していってもらいたい。わからないと思うものにぶつかって、克服していくことが若さの証明であり、それが自分にとっての本当の知力になるわけですから。

だからこそ、学問の場から「差異」を学ぶ機会を取り除こうとする昨今の風潮は容認できません。ポール・ド・マンという人物を通して、「読む」ことを教える人文科学にもう一度焦点を当て直してほしい。この本にはそんな願いを込めたつもりです。 (おわり)
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この記事の中でご紹介した本
ポール・ド・マンの戦争/彩流社
ポール・ド・マンの戦争
著 者:土田 知則
出版社:彩流社
「ポール・ド・マンの戦争」は以下からご購入できます
盗まれた廃墟  ポール・ド・マンのアメリカ/彩流社
盗まれた廃墟 ポール・ド・マンのアメリカ
著 者:巽 孝之
出版社:彩流社
「盗まれた廃墟 ポール・ド・マンのアメリカ」は以下からご購入できます
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