海洋国家アメリカの文学的想像力 ―海軍言説とアンテベラムの作家たち― 書評|中西 佳世子(開文社出版)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年6月23日 / 新聞掲載日:2018年6月22日(第3244号)

新たな啓蒙を促す知的営為の結晶 
一貫したパースペクティヴのもとに論理的に構成

海洋国家アメリカの文学的想像力 ―海軍言説とアンテベラムの作家たち―
著 者:中西 佳世子、林 以知郎
出版社:開文社出版
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古典的な側面は言うまでもなく、多面性をもつアイコニックな「アンテベラム期の海洋文学」をテーマに展開する本書『海洋国家アメリカの文学的想像力―海軍言説とアンテベラムの作家たち―』は、一貫したパースペクティヴのもとに論理的に構成された気宇壮大な書物であると言ってもよい。

本書の編者中西佳世子氏の「あとがき」によれば、この本は日本ナサニエル・ホーソーン協会第三十五回全国大会(於:同志社大学)における「海洋国家アメリカの文学的想像力―海軍ディスクールとアンテベラムの作家たち」と題したシンポジウムでの議論の記録をもとに誕生したという。なるほど、体系的に整えられた十一編の論考を順にたどれば、その趣旨を適切に捉えることができる。さらに補えば、その企画意図はもう一人の編者林以知郎氏の「『海洋国家アメリカの文学的想像力』と題した本書の企画もまた、「海は忘れられたのだろうか?」と問うてみることで、海に囲われ、海により繋がり、海の拡がりと深みに育まれてきたアメリカの想像力のかたちをいささかでも捉え、アメリカ文学における海の記憶を蘇生させようとする、ささやかな抜錨への試みである。(中略)本書に『海軍言説とアンテベラムの作家たち』と副題を付した意図もまた、海軍をめぐる言説をその「不安定性、変動性、そして逆説性」の相のもとに捉え、そうすることを通してアンテベラム期作家が紡ぎだすテクスト群に形を取る海の形象と海軍との間に繰り広げられる相互交渉の動態を見とってみたい、と願うからである」(「序」より)という包括的かつ示唆的な言葉に収斂されるだろう。

まず第一部の「海洋国家アメリカと海軍の言説空間」に収められた巻頭の阿川尚之論文「海洋国家アメリカと海軍の創設」は、アメリカ国家形成の歴史に刻まれた海軍創設の意義とその権限に係る事務に鋭く切り込むとともに、初期のアメリカ海軍の核心に迫る声を盛り込むことで、極めて黙示的な光景を顕現させる。次の布施将夫論文「十九世紀アメリカ海軍の教育制度―海軍兵学校の規律重視から海軍大学校の効率重視へ」は、アナポリスの海軍学校の創設経緯から筆を起こし、ニューポートの海軍大学校に至るまでの海軍内部の深淵の薄暗い中で蠢く実態と、その教育制度の変遷を硬軟自在の筆致で論じ尽くす。佐藤宏子論文「バーバリー海賊と建国期のアメリカ文学」は、W・アーヴィングらの編集本『サルマガンディ』に記載されたバーバリー諸邦トリポリの首長をめぐる書簡内容を精査し、その観念とアメリカ国家形成に等置する言語表象に鋭く迫る。そして、第一部を締め括る林以知郎論文「士官候補生たちの「誤読」―艦上の読書共同体と「物書く/船乗り」たちのいさかい」は、ソマーズ号事件をめぐる海軍軍法会議の論争をもとに、すんなりと読み手を納得させる実に見事な論旨の運び方でアメリカ海軍が背負う様々な事象に関係する歴史的な言語形態の変遷を丹念に辿る。とりわけ「海軍の言語秩序」と「近代的な感性」を架橋する学問史的な叙述は実感をもって首肯させられる。

さて、第二部「海洋国家アメリカの文学的想像力」を構成する最初の大野美砂論文「ホーソーンが編集した二つの航海記の海軍言説と『緋文字』」は、N・ホーソーンの編集した二つの航海記を手掛かりに興味深い海軍言説を導き、高度な情報リテラシーをもって名著『緋文字』の再読を誘う。中西佳世子論文「ホーソーンとペリーが共有した海軍言説―イマジネーションと現実の接点」は、リヴァプール領事時代のN・ホーソーンとマシュー・ペリーの『日本遠征記』編纂に纏わる実証的なデータ集積と綿密な分析を行ったうえで、客観性を担保した史実を深く掘り下げながら文学と政治が混在する鉱脈を意義深く探求する。それゆえに思わず膝を叩きたくなるような論旨展開の旨味が楽しめる。真田満論文「船乗りの民主主義―合衆国の理想と現実」は、メルヴィルの『ホワイト・ジャケット』に表象される海軍批判と変調を予示する民主主義に対するメルヴィルの透徹した眼差しが論調体系に内在し、そこはかとなく豊饒な想像力を促す。西谷拓哉論文「元水夫の物語―メルヴィルの海洋文学における抒情性とノスタルジア」は、抒情詩的な小説と捉えられるメルヴィルの『白鯨』などの主要な作品群を題材にし、その回想的構造の中に生成された多層的ノスタルジアの基層に潜む醍醐味を探る。橋本安央論文「混沌のトポス、拡散する海図―「エンカンターダズ」を読む」は、先に触れた『白鯨』を経糸と緯糸が織り成す重厚な物語として鮮やかに染め上げ、「エンカンターダズ」のスケッチ群の形成へと繋がる過程において生じる「混沌のトポス」の意義を丹念に跡づけながら、その汲み尽くせない異界の風景を活写する。辻祥子論文「二つの軍艦物語を通して変化するメルヴィルの視座―人種と階級、それぞれの「深淵」をめぐって」には、メルヴィルの代表作『ホワイト・ジャケット』と『ビリー・バッド』を軍艦物語として捉え、鋭くも温かい眼差しを堅持して人種間に棲む深淵な振幅を追い求めようとする凜とした態度が窺える。本書の掉尾を飾る貞廣真紀論文「島嶼国家アメリカへの道―再建期、大西洋横断電信ケーブル、ホイットマン」は、W・ホイットマンのリンカーン大統領を追憶した詩「おお船長、わたしの船長」を徹底的に読み込んで、この詩人の海洋国家アメリカ構想の思考プロセスを複眼的な視点で丁寧に解説する。そのストーリー性には深みが感じられる。また、論者ならではの異彩を放つ卓見と多分な示唆に富んだ流麗な筆運びにも魅力が宿る。

以上のように、十一名の誠実な真理の探求者たちの細かく鋭い目線が並ぶ本書は、一読して知的刺激に富んだ重みを感じさせる秀逸な一冊である。かくして、冒頭へと立ち戻るならば、この研究書は所期の目論見どおり、その一貫した論理性を崩すことなく、「アメリカ海洋文学」という特異な批評の稜線を有意義に照射するなど、まさに新たな啓蒙を促す知的営為の結晶であると、私は賛辞を込めて繰り返し評したい。
この記事の中でご紹介した本
海洋国家アメリカの文学的想像力 ―海軍言説とアンテベラムの作家たち―/開文社出版
海洋国家アメリカの文学的想像力 ―海軍言説とアンテベラムの作家たち―
著 者:中西 佳世子、林 以知郎
出版社:開文社出版
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