裸足のピアニスト~スペインで学んだ豊かな表現と生き方~ 書評|下山 静香(ヤマハミュージックメディア)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

  1. 読書人トップ
  2. 書評
  3. 読書人紙面掲載 書評
  4. 芸術・娯楽
  5. 音楽
  6. 裸足のピアニスト~スペインで学んだ豊かな表現と生き方~ の書評
読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年6月23日 / 新聞掲載日:2018年6月22日(第3244号)

裸足のピアニスト~スペインで学んだ豊かな表現と生き方~ 書評
若い音楽家の背中を押す 
スペイン・クラシックの土壌 「スペイン音楽の伝道師」のエッセイ集

裸足のピアニスト~スペインで学んだ豊かな表現と生き方~
著 者:下山 静香
出版社:ヤマハミュージックメディア
このエントリーをはてなブックマークに追加
本書は、今や「スペイン音楽の伝道師」のごとくスペインとラテン・アメリカのピアノ曲を精力的に演奏している著者のエッセイ集。

本書によると、いよいよ20代の終着点が見えてきた頃、突如、どこかよその国へと思い立って目指したのは、スペインだった。おそらくスペインは、著者にとってまさに「未知の地」だったろう。

スペイン行を決めてからの行動はまさに電光石火。まず、文化庁の芸術家在外研修員に応募する。ウィーン郊外での講習にスペイン人の先生がやってくるという噂を耳にし、早速、ウィーンへ飛ぶ。先生の講習を受け、スペインでの指導受け入れ書にサインをもらう。先生はマドリード在住のロサ・マリア・クチャルスキ。是非いらっしゃい、という言葉を胸に、さながらブーメランのごとく日本に舞い戻り、文化庁の2回の難関の試験にパスして、マドリードに到着する。いよいよ「音楽人生のリセット」の開始。

だが、所変われば品変わるというべきか、スペインには「ピアノの長期レンタル」というシステムがなかった。それで平日は図書館の無料ブースのアップライトピアノ、図書館の休日用に購入した電子ピアノで何とか対応せざるをえなかった。

マドリードで、ロサ・マリアの指導において《アランフエスの協奏曲》のホアキン・ロドリゴのピアノ曲全曲を網羅し、2年後のロドリゴ生誕100年を記念する本格的な「ロドリゴ・イヤー」にスペインのみならず、近隣国においても演奏することになった。

それにしても、瞠目したのは、コバルビアスという小さな村での出来事。この村での1週間の講習、その仕上げとして受講生がその村の教会で演奏する。演奏開始の午後9時30分になると、村びとたちで教会の聖堂がびっしりとなる。数日続いた演奏会はすべて満員であった。帰り道、そとでおしゃべりをしている村びとたちから声をかけられ、飲んだり話し込んだり、…。また別の所では、先生の別荘、あるいは古い城、屋敷のある村での講習に参加した受講生が最後に演奏会を行う。近隣の人びとがおしゃれをして聴きに来ている。なんとも微笑ましい情景であり、絶えず前進しようとする若い音楽家の背中を押すことになるであろう。こうした雰囲気がスペイン・クラシック音楽の土壌となっているのではあるまいか。

マドリードでの1年間の研修後、バルセロナに移る。ロサ・マリアや他の先生の推薦をもらい、マーシャル音楽院のマスター・コースに通う。グラナドスが創設し、高弟のフランク・マーシャルが後継におさまり、その後、彼の高弟で、アメリカ音楽批評家協会から《ピアノの女王》という称号を受けたアリシア・デ・ラローチャが責任者であった。またここのマスター・コースでフェデリコ・モンポウの夫人、カルメン・ブラーボにも指導を受け、モンポウの作品のほぼすべてを網羅できたのだった。バルセロナの後、アラゴンの州都サラゴサに移る。マドリードとバルセロナの中間地点であり、バスで3~4時間で両都市に行ける都市で、留学の総仕上げの恰好の場であった。こうして、スペイン民族の歴史と密接不可分なスペイン音楽の多彩な魅力をたっぷり吸収することができたのである。
この記事の中でご紹介した本
裸足のピアニスト~スペインで学んだ豊かな表現と生き方~ /ヤマハミュージックメディア
裸足のピアニスト~スペインで学んだ豊かな表現と生き方~
著 者:下山 静香
出版社:ヤマハミュージックメディア
以下のオンライン書店でご購入できます
このエントリーをはてなブックマークに追加
川成 洋 氏の関連記事
下山 静香 氏の関連記事
読書人紙面掲載 書評のその他の記事
読書人紙面掲載 書評をもっと見る >
芸術・娯楽 > 音楽関連記事
音楽の関連記事をもっと見る >