科学思想史の哲学 書評|金森 修(岩波書店)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年7月4日 / 新聞掲載日:2016年2月5日(第3126号)

自然主義に対する徹底した批判 
哲学の理論的レベルを超えて、日本の現状批判に収斂

科学思想史の哲学
著 者:金森 修
出版社:岩波書店
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科学思想史の哲学(金森 修)岩波書店
科学思想史の哲学
金森 修
岩波書店
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金森修はフランスのエピステモロジーの導入者として登場し、その含意をじつに多様な領域へと拡張、展開する仕事を精力的に続けてきた。本書はその金森が三・一一以後を受けて、今や科学思想史の哲学という立場に至ったことをはっきりと宣言する。科学思想史も、エピステモロジーと同様に、「或る特定の科学における概念の歴史的変遷を辿り、その哲学的な根拠を反省する」(六三頁)。しかし、科学思想史の哲学への移動は単に考察の対象をフランスを超えて拡張することを意味するだけではない。力点はその哲学にある。

もともとエピステモロジーは「概念や理論のネットワークの妥当性の最終根拠が、〈自然の条理〉の写生の巧拙に相関すると単純には考えないという意味で自然主義ではなく、組織化や再組織化の力動性を伴いながらも最終的には〈虚心坦懐な客観的データ〉の増大の度合いに相関するとも考えないという意味で経験論でもない。それは概念や理論のネットワークを必然的に媒介させながら主客の認識関係を追跡する、高度に洗練された〈科学学〉であり、現代的な装いに武装された一種の観念論」(七五)である。この立場の再確認と深化が、科学思想史の哲学という宣言に現れている。

宣言の背景には現状の哲学を席巻しつつあるように見える自然主義に対する徹底した批判がある。「ちょうど自然科学の強みが言説空間のほぼ明示的な限界設定可能性にあるのと相即するように、自然主義もその種の限界設定を忘却してはいけないはずである。それを忘却する時、哲学としての自然主義は、完全に人間存在を単純化し、類型化し、対象の理解を貧困化するもの、……危険なイデオロギーになる」(一八五)。哲学的な自然主義は「相手を理念化しすぎた果ての自爆、……科学を過剰に理想化した上でなされる自己滅却」(二九九)、「愚かな自滅的研究に過ぎない」(一九四)である。

こうした痛烈な批判は、現在進行中の科学の変質という認識に裏打ちされている。鮮やかに抉剔されるこの認識とともに、議論は単なる哲学の理論的レベルを超えて、現代文明、特に日本の現状批判に収斂していく。金森の科学思想史の哲学は科学の政治学にならざるをえない。「自然主義がわれわれの文化を侵犯し、最終的には哲学的人間学のスタイルや、人間文化に対するわれわれの理解の様式を貧困化するという危険性」(一六〇)、その端的な現れはこの日本での近時の経験によって無残にも示された。科学技術体系の発展の合理性・自律性にのみ目を奪われれば、エリュールのように、人間は絶望感や諦念に追いやられるしかないだろう。その点は十二分に意識されている。問題はそうして生まれる無力感にいかに抗するかにある。こうして、自然主義へと屈することなく、人間であり続けるよう求めるニュアンスに富んだ、一種悲痛さを伴う呼びかけ、あるいは励ましが提示される。

金森の呼びかけはある意味では単純である。なすべきことは明白だからである。「科学という領域が他の領域と肩を並べる政治的地図の中で、その真理性ないしは図抜けた有用性のゆえに、自らの行動の自由に関して一種の治外法権を要求できるという考え方は、早急に捨て去られなければならない」(二二一)。本書も引くホルクハイマー、アドルノの『啓蒙の弁証法』に倣って言えば、現代は自然への頽落、真に人間的な状態ではなく新しい野蛮状態へと落ち込みつつある。この痛切な認識に抗して、金森の科学思想史の哲学は立ち上げられた。

では、金森自身はどのような哲学を練磨していくのか。その点は巻末の、心の在処をめぐる美しい二つの章が暗示している。日本で孤高のエピステモローグとして駆け続けてきたかに見えた金森は、確かな若い世代を登場させ始めた。金森の霧心の哲学もまた、読み手に「私の、少しだけ不躾な願い」(三八一)と金森のいう変容をもたらし、同様の航跡を残しつつさらに進むに違いない。
この記事の中でご紹介した本
科学思想史の哲学/岩波書店
科学思想史の哲学
著 者:金森 修
出版社:岩波書店
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