ロマン主義エコロジーの詩学 環境感受性の芽生えと展開 書評|小口 一郎(音羽書房鶴見書店)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年7月4日 / 新聞掲載日:2016年2月5日(第3126号)

〈環境感受性〉の文化史 
是非とも手にして欲しい論集

ロマン主義エコロジーの詩学 環境感受性の芽生えと展開
著 者:小口 一郎
出版社:音羽書房鶴見書店
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現代の日本は、今もって二〇一一年三月に起きた福島第一原子力発電所の手に負えないメルトダウン状況の真っ只中にある。この拭いがたい悲惨な現実に対し、自然環境や人命より金銭優先という政治・経済界は、権力を笠に着た口封じ的キャンペーンや、武器輸出のための情報隠蔽的な対応をしている。まるであの重い経験がなかったかのように、各所の原子力発電所が再稼働するのは、〈維持可能な社会〉という倫理的な意識など何処吹く風、今さえ良ければ後は知ったことかという無責任極まりない気分からのものである。異常なのはそれだけではなく、われわれの日常生活にとって大事な天候も危機的な事態にあると言える。気象の激変による伝統的な四季感覚の麻痺・劣化に加え、漁獲異変やこれまでにない水害や竜巻被害なども起き始めている。一体、われわれの環境はどうなるのか。

こうした時代認識を背景にしつつ、地道にイギリス・ロマン主義と関わる〈自然〉環境に対する感受性の歴史を掘り起こし、副題にあるような「環境感受性の芽生えと展開」を文化史的に跡付けようと試みたのが本書である。一般に余り聞き慣れない〈環境感受性〉とはどういうことなのか、印象的に言えば、比較的人口に膾炙している〈エコ・コンシャス〉という生物と環境の関係に対する意識のルーツを、イギリス・ロマン主義時代の〈自然という文化〉に見出し、その時代に相応しい用語として〈環境感受性〉という言葉を採用したのかと思われる。

このキー・コンセプトを基に、本書の文化論的観点から書かれた九篇の研究論文は、優れた洞察や興味深い〈知〉の考古学的発見に満ちており、日本のイギリス文化・文学研究の水準の高さを感じさせる。例えば、小口一郎氏の論文では、トマス・ロバート・マルサスの人口論を再吟味することで、湖水地方のロマン派詩人たちが嫌ったマルサスが、皮肉なことに自然観の点では彼らと同じ側に立ち、むしろ今から見ればロマン派の強い味方となることなど、秀逸の視点が披瀝されている。さらに、前ロマン派詩人とされるジェイムズ・トムソンの長篇詩『四季』に於ける自然の時間の推移を探った植月恵一郎氏の論文を始めとして、場所の感覚を掘り下げて〈非―場所〉の詩学を探求した金津和美氏のジョン・クレアに関する論文、また〈環境感受性の概念〉を再定義して「環境の変化を感知し、それに影響を受ける身体と精神双方の受容性と反応を意味するもの」としてウィリアム・クーパーのテキストとの接続を試みた大石和欣氏の論文、ウィリアム・ワーズワースとS・T・コウルリッジの自然観と宗教観の差異対立を考察しつつ、都会と田舎という二項対立の図式に第三項として〈郊外〉の重要性を強調した山内正一氏の論文、加えて〈観光文化〉創出にウィリアム・ハウイットの功績を重視する吉川朗子氏の論文のように、ロマン派の文学テキストへのアプローチも新鮮である。それらと架橋するかのように、動物愛護と食育を扱った川津雅江氏のキャサリン・マコーリー論や、S・T・コウルリッジの哲学的な有機的世界観を緻密詳細に追求した直原典子氏の論文、そしてイット・ナラティヴから動物ファンタジーを扱った丹治愛氏の論文が、ロマン派時代の〈環境感受性〉の文化史的発展の総合的な理解を深化させている。

最後に、敢えて文学的な観点から言えば、人によっては文化論の傍証に引き出される文学作品の断片は、どうしても資料的性格が強くなり、面白味に欠けるものになるのではないかと思うかも知れない。だが、環境と文学に関心のある読者なら、本書を読み進めるにつれて、そうした懸念も失せてゆくだろう。ほとんどの論文の文学テキスト引用は、興味深く読めるものが多かった。是非とも手にして欲しい論集である。
この記事の中でご紹介した本
ロマン主義エコロジーの詩学   環境感受性の芽生えと展開/音羽書房鶴見書店
ロマン主義エコロジーの詩学 環境感受性の芽生えと展開
著 者:小口 一郎
出版社:音羽書房鶴見書店
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