マルクス・ガブリエル来日インタビュー  入門マルクス・ガブリエル  『なぜ世界は存在しないのか』(講談社)(聞き手・解説=浅沼光樹)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年6月29日 / 新聞掲載日:2018年6月29日(第3245号)

マルクス・ガブリエル来日インタビュー
入門マルクス・ガブリエル
『なぜ世界は存在しないのか』(講談社)(聞き手・解説=浅沼光樹)

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第3回
(5)西田幾多郎とマルクス・ガブリエル


――次に日本の読者という立場から質問します。日本人である私が『なぜ世界は存在しないのか』を読んで感じたことは、それが日本の近代哲学の創始者である西田幾多郎の〈場所〉の思想を想起させるということでした。特に〈存在する〉ということと〈どこに〉ということが不可分であり、そしてこのような存在が最終的に無においてあるという考え方です。この点がよく似ていると思いました。実際、日本ではあなたと西田の思想を比較する試みも現れています。

そこで質問なのですが、この本の執筆以前にあなたは西田の場所の思想を知っていましたか? あるいは西田の著作を読んだことはありましたか? またあなたと西田の間にこのような類似があるという私の指摘に対して何かコメントがあれば、お願いします。

M・G 西田幾多郎という名前そのものは存じ上げていましたが、読んだことはありませんでした。

しかし、ハイデルベルク大学には、そういう研究企画(「Asia and Europe in a Global Context(グローバル文脈におけるアジアとヨーロッパ)」)があって、そのほかのアジアの哲学者の著作、特に仏教思想の基本的なテキストはいろいろと読んでいました。そういうこともあって、私が本の中で言っていることはある意味、仏教思想における論理的な深部構造と一致しているのではないかと思っています。西田においては、仏教思想について何が合理的なのか、何が理性的なのかを示すという課題があって、だからこそ似たような思想にたどりついたことは偶然ではないでしょう。なぜなら仏教思想というのは、形而上学ではありませんから。
(6)シェリングの思想とマルクス・ガブリエルの哲学

――最後の質問です。私はフリードリヒ・シェリング(独、一七七五年~一八五四年)の研究をしているのですが、あなたの学位論文も後期シェリングに関するものでした。その後もあなたはシェリングについてしばしば言及しています。シェリングはその『人間的自由の本質』(一八〇九年)の冒頭で、人間の自由と両立可能な世界とはどのようなものか、という問いから出発しています。このような問題意識、人間の自由が可能であるような世界という問題意識は、あなたの『なぜ世界は存在しないのか』とも共通しているように思われます。そこで質問なのですが、人間の自由についてのシェリングの思想は、この書物にとって、あるいはあなたの哲学全体にとってどのような意味を持っているのでしょうか。

M・G シェリングの『人間的自由の本質』は、私の理解では正しい存在論のための青写真というかスケッチです。しかし、シェリング自身は当時そんなことには気づいていなかったでしょう。なぜならその後、シェリングは、それを追求するためにはキリスト教を切り捨てなければいけないと気づいたからです。そのためには、よりグローバルな視点を作らなければならなかったのかもしれません。これが『神話の哲学』においては、またあらためて試みられることになるのですが、『啓示の哲学』の中では潰えた。つまり、十九世紀は時期尚早だったということでしょう。 

――なるほど、わかりました。私の質問はこれで終わりです。今日はありがとうございました。 
(インタビュー・おわり)
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この記事の中でご紹介した本
なぜ世界は存在しないのか/講談社
なぜ世界は存在しないのか
著 者:マルクス・ガブリエル
出版社:講談社
以下のオンライン書店でご購入できます
神話・狂気・哄笑   ドイツ観念論における主体性 /堀之内出版
神話・狂気・哄笑 ドイツ観念論における主体性
著 者:マルクス・ガブリエル、スラヴォイ・ジジェク
出版社:堀之内出版
以下のオンライン書店でご購入できます
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