火環 八幡炎炎記 完結編 書評| 村田 喜代子(平凡社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年6月30日 / 新聞掲載日:2018年6月29日(第3245号)

火環 八幡炎炎記 完結編 書評
火を受け継ぐ女性たちの群像劇 
日本の近代史を象徴する土地に雄渾な時間の流れを見る

火環 八幡炎炎記 完結編
著 者: 村田 喜代子
出版社:平凡社
このエントリーをはてなブックマークに追加
前作となる長篇『八幡炎炎記』は、腕のよい仕立て屋である「瀬高克美」が戦争中に親方の妻「ミツ江」を連れて逃げてきた広島の街が、原子爆弾で焼き払われる場面からはじまる。そして「克美」が自分の店をもつことになるのは「ミツ江」の故郷である八幡の街だが、そこもまた製鉄所の溶鉱炉が燃えつづけている場所である。

ギリシア神話では、プロメテウスがゼウスの目を盗んで人間に火をあたえたとされる。火の使用は人類のあらゆる文明の起源に位置するが、それはたしかに製鉄技術のような便利なものをもたらすと同時に、原爆のような破滅的なものも生み出した。『八幡炎炎記』の完結編となる『火環』は、そんな人類の記憶を喚起する火のイメージを重ねながら、八幡に住みつづけてきた「ミツ江」の姉「貴田サト」にまつわる人々の生を描き出していく。

舞台となるのは、朝鮮戦争が起きている一九五〇年代から、日米安保闘争が起きる一九六〇年前後までの八幡周辺である。まず女性に対する欲望という炎に焼かれるように生きてきた「克美」は、そのせいで上手くいっていた店も畳まなくてはならなかった。けれども朝鮮戦争の特需に湧く時代になり、仕立ての腕を見込んでアメリカ軍の軍服を大量に縫う仕事を頼まれ、夫婦ですれ違う生活をつづける。一方、一人娘である「百合子」の子「ヒナ子」を預かって育てている「サト」は、夫婦仲が上手くいっていない「ミツ江」と病弱な「トミ江」という妹たちの生活を気にしながら、働きに出たいという「百合子」が二度目の離婚をすることになり、まだ幼い「洋一」も預かる。

敗戦後の新しい時代が動き出し、そうして大人たちはそれぞれ自分の生き方を模索している。そのなかで、血の繋がった父母ではない家族の空間に生きている子どもたちがたくましく成長していく。たとえばそれは「克美」が弟夫婦の子どもを引き取った「緑」であり、また祖母「サト」と暮らしている「ヒナ子」である。のちに映画に興味をもち、自分なりにシナリオを書こうとする「ヒナ子」は、おそらく作者自身をモデルにしている。しかし作品ではかならずしも特権的な存在ではなく、生活に右往左往する大人たちを横目に見ながら、溶鉱炉の火が途切れることのない街で便利で危険な火の力に目覚め、右往左往する大人に近づいていくひとりである。

その意味で印象的なのは、作品の中盤から次々に出てくる映画だろう。なかでも「ヒナ子」の心を強くとらえた『ゴジラ』(一九五四年)の怪獣ゴジラは、水爆実験という火によって誕生し、自ら火を吐いて東京を焼く。そしてそのゴジラに点された映画という火は、中学を出て働く「ヒナ子」を導くものになっていく。

こうして「緑」を若い女性に育てた「ミツ江」が大病に倒れる終盤まで辿りつくと、作品には「女の一生」の美しい断片が散乱していることに気づく。おそらくそれは、人類という命の火を「環」のように受け継いでいけるのが、自ら「火陰ほと」をもつ女性だからである。そこでは仕事のできる「克美」のような男も、気のいい「サト」の夫「貴田菊二」のような男も脇役であり、神功皇后の時代から変わらずに成長して子を生んだり生まなかったりして老いていく、女性の身体こそ主役である。日本の近代史を象徴する土地に雄渾な時間の流れを見た、傑作小説の完結篇だ。
この記事の中でご紹介した本
火環   八幡炎炎記 完結編/平凡社
火環 八幡炎炎記 完結編
著 者: 村田 喜代子
出版社:平凡社
以下のオンライン書店でご購入できます
このエントリーをはてなブックマークに追加
田中 和生 氏の関連記事
村田 喜代子 氏の関連記事
読書人紙面掲載 書評のその他の記事
読書人紙面掲載 書評をもっと見る >
文学 > 日本文学 > 人生関連記事
人生の関連記事をもっと見る >