<対訳・注解 研究社 シェイクスピア選集>[別巻]ソネット詩集  書評|大場 建治(研究社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年6月30日 / 新聞掲載日:2018年6月29日(第3245号)

「愛の劇場」と勇猛果敢な新訳 
『ソネット詩集』の受容に画期

<対訳・注解 研究社 シェイクスピア選集>[別巻]ソネット詩集 
著 者:大場 建治
出版社:研究社
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シェイクスピア作『ソネット詩集』は日本で読まれている。一四篇の邦訳がある。『同詩集』への「対訳」と「注解」が本書である。
『ソネット集』とせずに『ソネット詩集』としている。なぜだろうか。「私」は「美しい若者」を愛して慰められている。「私」はまた「黒い女」を愛して苦しめられている。「若者」と「女」は誰だったのか。諸説がにぎわったが、それは小さい問題である。作者は懸命になって自分らしい詩を作ろうとしていた。我々にとっても大きい問題は、詩である。
『同詩集』の、日本での受容に本書は二つの画期をもたらせた。

一つは、この詩集を「愛の劇場」だと見ている。

愛についての芝居が演じられている劇場だと見ている。「若者」についての詩群を「第一幕」、「女」についての詩群を「第二幕」と呼ぶ。『詩集』の筋には、「若者」についても「女」についても、ソネットの長い伝統の中に祖型があった。詩人は新しい筋を、書いている詩に作らせていった。詩人は物語を創作した劇作家だった。この点を著者は強調している。「第二幕」にでてくる「女」が「第一幕」でチラと姿を見せる。これなども「劇作家(舞台演出者)としての本能的な操作計算」からだった。以下のような仔細にも著者の眼は及んでいる――イギリス型のソネットが詩を劇らしくした。イギリス型は記述を前に進めやすい。この組成が一篇のなかで場面をうまく進行させた。ソネットの「転換」は劇の「結」にあたる。本詩集には著者が「寸鉄の逆転」と呼ぶ「転換」がある。それらがソネットをうまく結ぶときは鮮烈な劇的効果を生みだしている――この詩集は「愛の劇場」である。

この見方は演劇の側から出された。著者は演劇の専門家である。詩の側から見てもこの見方は妥当である。この時代のソネットの連作にはもともと劇の要素らしいものがあった。単独の詩も作者にあった実体験そのものを書いていたわけではなかった。「愛の劇場」だと見るとこの時代の詩の正体が見えてくる。詩の側から本書は歓迎される。

次に訳文を見てみよう。極端な例だが、君はぼくのなかに晩秋の景を見る、で始まる傑作ソネット七三番の、結句二行は次のように訳出されている――「どうかね、わかってくれたかね、なら君の愛はいよいよ強固にならなくては、/だって、もうすぐ別れるとなればちゃんと愛してくれるのが本来のはずだからね。」 これは役者が舞台で語るセリフである。嘆願よりもタンカになっている。このような口調は耳新しく、著者と同じ演劇人、小田島雄志の訳文からも聞えなかった。大場訳は長い邦訳史の中で勇猛果敢な革新になった。

もう一つの画期は、「注解」にある。  

川西進と嶺卓二それぞれによる注解がでてから半世紀近くの歳月がたった。その間に英米で多数の新しい注釈が現われた。「黒い女」はこの人だったなどの新説も現われた。本書の「注解」はこれまでになかった規模で、新旧の注釈・所説を集録している。ただし集めた諸家の見方をなで斬りにしている。さらに、俊英の学者ケリガンよりも著者の方が、『リア王』に精通しているのを示す注もある。著者とその世代の研鑽によって、日本の英文学研究が英米のそれと伍せるようになった。

演劇の専門家が詩の分野へと越境して本書が成った。越境と総合が唱えられてきた。それらの事例として本書はなにを教えているか。著者は芝居をとり上げた「シェイクスピア選集」一〇巻を編纂された。その「別巻」が本書である。著者の越境と総合は専門分野での浩瀚な業績があってはじめて成果をえた。

画期をもたらせた著者大場建治氏は米寿を迎えられる。現役の人ではなかった。人文学全般が困難な状況にあるといわれている。本紙は昨年末に「2017年回顧――動向収穫」を特集した。「回顧」された研究の「収穫」に昨今の状況がうかがえた。

人文学の難局に仁王立ち――これが本書である。
この記事の中でご紹介した本
<対訳・注解 研究社 シェイクスピア選集>[別巻]ソネット詩集 /研究社
<対訳・注解 研究社 シェイクスピア選集>[別巻]ソネット詩集 
著 者:大場 建治
出版社:研究社
以下のオンライン書店でご購入できます
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