旧約 聖書の世界 ギュスターヴ・ドレ挿画 書評|谷口 江里也(未知谷)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2016年10月7日 / 新聞掲載日:2016年10月7日(第3159号)

旧約聖書を旅するための羅針盤に

旧約 聖書の世界 ギュスターヴ・ドレ挿画
出版社:未知谷
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優れた書物は、読み手の精神を動かす力を有する。読書によって、私たちは「いま・ここ」から引きはがされ、何らかの境界を越えて時間的にも空間的にも離れた場所へと移動し、また戻ってくる。すると「いま・ここ」が、これまでとはほんの少し異なってみえる。ずれたピントが合ったみたいに。ゆるんだネジが締め直されたように。

そうした読書の喜びを確実に与えてくれるのが本書である。そもそも旧約聖書は、信仰の対象であり、歴史資料であり、さらには神話(物語)でもある。その内側に含まれたものはあまりに多く、豊かであり、編著者が言うように「まるでそれ自体が、一つの多様な世界のような、何度歩いてもその全容が良く分からない大地や森や、どれくらい深さがあるのか分からないような海のようなところ」がある。本書は、見開きの右側に聖書のテクスト(抄訳)、左側にドレの版画、そして続く二頁は編著者による解説という方式が反復されており、旧約聖書を旅するための羅針盤にもなりうる。

テクストは、ヘブライ語(一部、アラム語)↓ラテン語訳↓スペイン語訳↓日本語抄訳という道筋で作られたものであるが、簡潔で要点が押さえられた見事なものである。そして、ドレの版画は、光の表現が超越という概念と物語の両方を発生させており、どれだけ眺めていても飽きない。

編著者による解説でいちばん素晴らしいと思うのは、その比較宗教の精神である。新約聖書、そしてクルアーンの源としての旧約聖書という視点が常に保持され、旧約聖書の思想が、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教という三つの宗教にどのように受け継がれているかが意識されているのである。しかも、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教が他の諸宗教よりも優れているとみなすことや、三者のうちのどれか一つに優位性を与えることが慎重に避けられ、三つの宗教の類似と差異が示されている。

寄付・慈善・施しの起源としてのルツの物語、狩猟民族・遊牧民族的な暮らしから農耕民族的な暮らしへの転換点としてのナジル人、髪を剃らないサムソンとロックスターの長髪についての示唆、「旧約聖書と新約聖書をつなぐ、特別な存在」としてのエリヤなど、興味深い指摘が多い。本書の目的と願いは「私たちの社会の、過去と現在と未来を考える一つの糸口(ヒント)となること」だとあるが、それは十全に達成されている。編著者の今後の仕事に注目したい。
この記事の中でご紹介した本
旧約 聖書の世界 ギュスターヴ・ドレ挿画/未知谷
旧約 聖書の世界 ギュスターヴ・ドレ挿画
著 者:谷口 江里也
出版社:未知谷
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