蟲息山房から 車谷長吉遺稿集 書評|車谷 長吉(新書館)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年7月8日 / 新聞掲載日:2016年2月12日(第3127号)

「毒虫」を自認していながらも案外人に愛された作家の遺稿集

蟲息山房から 車谷長吉遺稿集
著 者:車谷 長吉
出版社:新書館
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自宅(借家)を「蟲息山房」と称したのは車谷長吉の文人趣味のあらわれだろうが、「毒虫」を自認していた車谷は虫好きでもあって細針亀虫や兜虫を飼っていた、と妻の高橋順子があとがきで証言している。虫好きの「毒虫」が息をひそめるように「虫の息」で隠れ棲むところ、という意味なのだろう。

また、本書のあちこちで車谷は、少年時から遺伝性蓄膿症のために鼻で呼吸できずいつも口で呼吸しなければならなかった苦しさを書いている。車谷長吉が生まれながらに生を苦として受け止めたことの根源のようだ。「因果」や「業」といった仏教の観念に親炙するのもここに淵源しているかもしれない。それならこの「蟲息」に、人間並みの息ができない「虫」のごとき生き物の棲息する家、という自嘲的な含意を読んでもかまうまい。

ワープロのフロッピーディスクに残っていたものも含めて単行本未収録作品が収録されている。掌篇小説が五篇、エッセイが九篇、俳句と連句、対談・鼎談が三篇、インタビューが四篇、それに脳梗塞を患った後のリハビリを兼ねた平成二十四年夏の日記。

一番興味深かったのは、二〇〇五年、「凡庸な私小説作家廃業宣言」直後に行われた作家にして僧侶でもある玄侑宗久との対談「文学で人は救われるのか」だ。

自分の小説は人間の愚かさを「神様」の前に差し出すのだ、この愚かな人間どもを、とりわけ愚かなこの私を、救ってくださいと差し出すのだ、と車谷はいう。だが、他人より深く自分自身を刺しているはずのこの「毒虫」の文章がなぜか謙虚さとは反対に我意を強く押し出す結果になっていて、それがモデルにされた人たちとの確執の原因だろう、と玄侑は指摘する。この指摘は私も正しいと思う。そして玄侑は、「神様」に差し出す前に人に差し出すべきだ、「人は共振した人の言うことしか聞かない」のだから、とつづける。

経を誦み仏教的観念に親昵しているにもかかわらず、車谷の姿勢はむしろ一神教的である。一方、僧侶として俗なる「衆生」への語りかけをつづけてきた玄侑の態度は練れている。だが、日本仏教的に練れているのだ、という感じもする。最後は車谷が玄侑に謝意を述べるようにして対談は閉じるのだが、はたして玄侑の助言は、人を刺す「私小説」からの方向転換を模索していた車谷にとって本当に有益だったのかどうか。

エッセイでは、今は高齢となった中学校の時の女教師に会う「小池てん子先生」がよい文章だ。悪童ながら愛されていたのだ。車谷長吉という人は、根にとても率直正直なところがあって、案外人に愛されたのである。

口幅ったいのを承知でいえば、俳句は総じて粗雑な感じがしてあまり感心しなかった。ただの「事実」に依存しすぎているようにも思ったし、その「事実」を見る車谷らしいへその曲がり方が、十七音では補正する余地がないために、そのままあざとく露出している感じがしたのである。むしろ夫婦に知人の加わった連句の方がほどよい虚構性の中であざとさが昇華されているし、連句の流れの中で他者によっておのずから補正もされているように思った。(こう書いていると、なんだか車谷長吉のある種の小説についての評言のような気がしてきて、我ながら奇妙だ。)

それでも好きな句はある。その一句。

〈秋冷や地の果てまでも地虫声〉

なにも「蟲息山房」の句だから虫の句を選んだわけではない。「地虫」や「地の果て」が車谷長吉らしくて、しかもあざとくない。よい句だと思う。
この記事の中でご紹介した本
蟲息山房から 車谷長吉遺稿集/新書館
蟲息山房から 車谷長吉遺稿集
著 者:車谷 長吉
出版社:新書館
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