世界史のなかの東アジア 台湾・朝鮮・日本 書評|汪 暉(青土社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年7月9日 / 新聞掲載日:2016年2月19日(第3128号)

世界史のなかの東アジア 台湾・朝鮮・日本 書評
◇方法的歴史主義◇ 
「ポスト政党政治」の可能性を探る

世界史のなかの東アジア 台湾・朝鮮・日本
著 者:汪 暉
出版社:青土社
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中国を代表する人文学者汪暉の著作はすでに3冊の日本語訳を有する。本書のアプローチはその中でも特に前作の『世界史のなかの中国』(青土社、2011年)と共通する。評者はそれを「方法的歴史主義」と呼びたい。

前作の中心的な命題「脱政治化の政治」は、本書で第1章「政治と社会の断裂」へと引き継がれている。前作で彼は、文革の歴史を改革開放期への連続した「脱政治化」過程の一環であるという認識を示し、それは政党政治の機能不全として世界的に同時進行するプロセスであると論じた。本書ではこれを受けて「ポスト政党政治」の可能性を探る。それは公民(citizen)としての権利意識が芽生えた諸個人の構成する現代社会において、再度「人民」の理想を呼びもどすことだ。「人民」とはかつて中国革命が目指した概念であり、内部に異なる階級を含み、それら相互が対立し時には転化しあいながら、なおも主権者としての統一性を有するコミュニティのことだ。脱政治化から再政治化への転換は「人民政治」による普遍性の再構築であると汪暉は主張する(pp.72―73)。前作では文革の歴史を振り返りながら、再政治化の可能性を、その中に見出そうとした。汪暉は理想が現実の中で疎外されていく歴史を受け入れた上で、なおも理想が理想のまま実現されようとしていた兆しを歴史の瞬間に読み取ろうとする。それが方法的歴史主義である。だがこれは彼の著述をポレミカルなものにしている。

例えば、本書の第2章「20世紀という視野における朝鮮戦争」は、発表されてまもなく歴史学者からの批判にさらされた。中国共産党史研究者の楊奎松は史実に関する誤認を指摘した上で、同章の最重要概念である「人民戦争」は非歴史的だと断じている(楊奎松「読懂『毛選』再来談党史」、『東方早報』2013年12月30日)。

本書によれば、「人民」は常に動態的、可変的であり、決して特定の利益集団やエスニック・グループに固定されるものではない。だからこそ、朝鮮戦争はナショナリズムや国益中心主義では説明不可能な「全世界の被抑圧民族の統一戦線」としての「民族解放運動」(p.108)のプロセスであると位置づけられるし、台湾問題を統一中国の回復かそれとも独立かという主権論とは異なる次元の「文化政治」として、別の「中国」を構想する手がかりとすべきだと主張される(第3章「現代中国史の巨大な変化の中の台湾問題」)。 

汪暉にとって、朝鮮戦争は「人民戦争」として、中国国内で抗日戦争から続いた「人民」の革命が対外戦争へと継続して発展していったものであるべきだった。だが、朝鮮戦争が従来の「人民戦争」ではないことを汪暉は同時に認めている(p.110)。

朝鮮戦争の現実における「人民」の不在をどう理解すればよいのか。第二次世界大戦後の朝鮮・韓国で「人民」的政治コミュニティを新たに設立しようとする企ては悉くつぶされている。それは単にアメリカの軍事干渉のみの問題なのだろうか。方法的歴史主義はあるモメントの可能性を解放すると同時に、別の歴史、別の力の存在を覆い隠すことにならないだろうか。そして、日本の歴史的責任の清算が不十分なまま、アメリカと中国という巨大な政治的実体の角逐の場へとシフトしつつある東アジアにおける「人民」的共同体の可能性を考える時に決定的に重要なのは、そこに生きるきわめて具体的な人の歴史を、地を這うようにして探し、そして語り直すことではないか。別の著作『阿Q生命中的六個瞬間』(華東師範大学出版社、2014年)の付記で、汪暉は中国南方の工場で相次ぐ飛び降り自殺が生じたことに触れ、彼ら一人一人が身を投げた「瞬間」に思いを馳せつつ、「水が水の中に消えていく」というボルヘスのことばを想起する。

そうした生命の寂寞、それはきっと近代東アジアのあちこちに無数に散らばっている。魯迅がウイグル現代文化史で「不朽の碑」となったこと(p.149)はその一つの小さな例証に過ぎない。「水の中に消えていく」瞬間の声は、きっと誰かが拾いあげるのを待っている。それを引き受けるのは、ほかならぬ人文学の役割であるにちがいない。「世界史のなかの東アジア」がその先に人々の希望を照らすために、何をどう語るか。その問いを作者とともに引き受けながら本書が読まれることを期待したい。
この記事の中でご紹介した本
世界史のなかの東アジア  台湾・朝鮮・日本/青土社
世界史のなかの東アジア 台湾・朝鮮・日本
著 者:汪 暉
出版社:青土社
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