幕末明治 異能の日本人 書評|出久根 達郎(草思社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年7月11日 / 新聞掲載日:2016年2月19日(第3128号)

なんと不思議な人の縁 
渾身の筆致で傑物たちの重い生涯を掘り起こした歴史エッセイに

幕末明治 異能の日本人
著 者:出久根 達郎
出版社:草思社
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先ず取り上げられるのは薪を背負った少年金次郎こと、農政家の二宮尊徳(1787~1856)である。

6百余の町村を復興した報徳思想の提唱者で実践家でもある尊徳を、単に眼を困窮した農村の一時的救済に向けただけであり、すでに封建社会の崩壊が進んでいた当時の根本的改革の方向を見抜く識見はなかったとするがごとき評価が戦後にはあったが、明治の人・内村鑑三は『代表的日本人』で、経済行為の基礎としての道徳を説いた尊徳を肯定的に評価している。

著者は、その内村鑑三が、幸田露伴の『二宮尊徳翁』を「アレはつまらない本です」としていることを知る。鑑三が反発した理由を探るつもりで素朴な疑問を抱いたのが、本書執筆のそもそもの動機であったという。

幸田露伴(1867~1947)と言えば、鴎外、漱石と共に、明治の三文豪と謳われるが、二人に比べて影が薄く読まれていない。

代表作の『五重塔』『運命』をはじめとする小説はもちろん、随筆、詩、注釈、評論、落語、狂歌、笑い話、いろはカルタ、戯作、辞書編纂と、あらゆる種類の作品を創作したまれに見る知的巨人の露伴の業績が著者により淡々と掘り起こされる。著者は確信する、「露伴は文学の尊徳ではないか」。

海軍軍人で千島探検家として知られる兄・郡司成忠の影響であろう、露伴は広大な北海道にあこがれ、若き日、北海道の辺地に赴任しているが、それは露伴が自らを尊徳に擬していたのであり、露伴文学の根底にあるものは尊徳の報徳思想と筆者は見ている。

次に著者の眼は巡礼の歌人・天田愚庵(1854~1904)と山岡鉄舟、丸山策楽、陸羯南、高島嘉右衛門など愚庵にかかわる幕末明治の傑物たちにむけられる。

戊辰戦争で磐城平城落城の中、父母妹との消息を絶った愚庵は、生涯を両親と妹を探し求めることに費やしている。いかに変転の時代とはいえ、愚庵ほどに数奇で薄幸な人物も稀であろう。

あまたいる幕末の侠客の中で、次郎長が全国に知られるようになったのは、愚庵が次郎長の一代記『東海遊侠伝』を著したお蔭であり、しかも『東海遊侠伝』は幸田露伴訳注の『水滸伝』を手本にしているという。かつ、富士の裾野の開墾事業には尊徳の影響を感じると著者は指摘している。

愚庵、次郎長のつながりから、露伴、尊徳へと広大な人脈はその源流へとさかのぼっていく。それにしても、人の縁のなんと不思議なことか。百数十年前の幕末明治は現代の私たちにははるか昔の話である。特に愚庵のことは今日ではまったく忘れ去られてしまっている。

混迷を極める昨今、今や埋もれてしまった傑物たちが抱いていた志とその生きざまに光を当てることで何かが見えてくる。

人は生き、人は死ぬ。命には限りあるが、書物には限りがない。時に軽妙洒脱、エスプリをきかした渾身の筆致で、傑物たちの重い生涯を掘り起こした歴史エッセイの中で彼らは生きている。
この記事の中でご紹介した本
幕末明治 異能の日本人/草思社
幕末明治 異能の日本人
著 者:出久根 達郎
出版社:草思社
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