Ōe(おおえ) 60年代の青春 書評|司 修(白水社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年7月12日 / 新聞掲載日:2016年2月26日(第3129号)

イメージの変成プロセスじたいを受け取ることのできる書物

Ōe(おおえ) 60年代の青春
著 者:司 修
出版社:白水社
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Ōe(おおえ) 60年代の青春(司 修)白水社
Ōe(おおえ) 60年代の青春
司 修
白水社
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本書を読み終えたいま、深いところから私は揺さぶられている。それは、書かれていることへの共振でもあるが、それとはまた別の、想像力の体験でもある。何十年も前に、パリでピカソのある一枚の絵を見たときの感触を思い出した。しかし翌年、そしてその後も、同じ絵を見ても、その感触はもはややってこない。作者が渡してくれるそうした一回的なものに触れた僥倖に、いまとらえられている。

本書は、言葉の真の意味で、独自である。大江の『叫び声』『洪水はわが魂に及び』『河馬に噛まれる』に焦点を合わせた批評としても読めるし、これらの小説が参照した同時代の事件の証言や記録を辿ることで、小説として閉じていたものを歴史=いまのなかにもっとじかに開こうともしている。それが、大江の小説を書き換える作業にも見える瞬間があって、その瞬間に、本書じたいが小説の相貌をまとう。そしてその小説は、著者の同時代論にもなっていて、タイトルにあるように、60年代の証言でありながら、いまの証言にもなっている。

あえて分析的にいえば、著者が第一章で批評的な焦点を当てるのは「叫び声」であり、『叫び声』にさまざまに響く小説家の「叫び声」を聴き取り、小説の造型に大きく作用した小松川事件の当事者が発する「叫び声」を、小説を介して、あるいはそれとは別様に聞き取ろうとし、それらを、同時代を生きた著者の「叫び声」に、いまの著者の「叫び声」に重ねようとする。それは、倍音のうねりのようでもあり、本書の「叫び声」でもある。

第二章で差し出される視点は、大江自身もよく口にする「ヴァルネラビリティー」だ。「無防備さ」とか「攻撃誘発性」と理解されるこの語に、「共同体の成員と異なる徴をもつことによって攻撃されやすいこと」という語義を著者は広辞苑に見つけ、小説家も作品の根底に据えた出来事(浅間山荘事件へ至るプロセス)に顕著な「総括」に兆す「ヴァルネラビリティー」を、この赤軍派という共同体の成員か否かを分ける徴ととらえてゆく。著者は当事者たちが残した証言を並べてゆきながら、いつの間にか、われわれの前にはいくつかの山岳アジトでなされた「総括」の模様が壮絶なヴァルネラブルなドラマ(小説と言ってもよい)として差し出されている。単に証言が並んでいるだけのように見えて、その並びが際立てるのは、総括する側にもある、される側にもある「ヴァルネラビリティー」にほかならない。

ほかにも貴重な視点がたくさんあって、タコの自食もその一つだ。外部の原因で欠損したタコの足は再生するものの、自食した足は消化もしないし再生しないという。そこに、著者が二十四歳で前橋から赤羽に出てきたころの生活が重ね合わされ、朔太郎の「死なない蛸」をその四畳半の一室で読んだ記憶までが重なって、それはそれで感動的なのだが、読者には、若き著者がまるで自食するタコの像のようにも見えて、自分の心と体を自食しながら生きてきたのか、とさえ想像される。さらには、赤軍派が山岳アジトで行なう「総括」じたい、自食するタコの姿にも見えてきて、足としてのメンバーは次々に自食=総括を行なうように仕向けられ、殺戮されてゆく。その先には、そうした自食は再生にはつながらない、という論理さえふくまれていて、そこに「総括」によってはグループや運動の再生が見えてはこない、という言葉にはされない著者の抗議が聴取可能となる。

言葉で紡がれているのに、本書は、イメージの変成プロセスじたいを受け取ることのできる書物である。終章の「小説の方法」で語られる想像力論じたい、大江の小説だけでなく本書をも貫く方法になっていて、しかも、そのあとで差し出される「狭山事件」の脅迫状をめぐる読みじたい、警察や検察や裁判官が裁判を通じて描いた像(判決)への、ポジティヴな歪形の実践にほかならない。
この記事の中でご紹介した本
Ōe(おおえ) 60年代の青春/白水社
Ōe(おおえ) 60年代の青春
著 者:司 修
出版社:白水社
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