誹諧短冊手鑑 書評|永井 一彰(八木書店古書出版部)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年7月12日 / 新聞掲載日:2016年2月26日(第3129号)

夢のつづき 極上の短冊手鑑登場

誹諧短冊手鑑
著 者:永井 一彰
出版社:八木書店古書出版部
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短冊は小さな器だ。横幅はせいぜい五、六センチ、縦だって三六センチほどしかない。どう見たって、まことに小さな詩型と言うべきものだ。

だがしかし、人は概して小さなモノに惹かれるものである。まして短冊は、原則として自筆でしたためられる。だからそこには古人の息づかいが横溢し、有名無名を問わず上手下手に拘わらず、その筆跡はそれぞれに美しい。書かれた内容もさることながら、料紙や書風あるいはカスレなど、墨の濃淡が生み出すすべてが好もしいと感じられるのである。私に短冊の楽しみを教えて下さったのは雲英末雄先生(俳文学者。一九四〇―二〇〇八)だが、その雲英先生も驚愕されたに違いない、まさに、夢のような短冊手鑑が出現した。

本書は、俳文学者にして板木研究者、そして稀代の短冊コレクター(短冊党)でもある永井一彰氏が、二〇一〇年に入手されたという『誹諧短冊手鑑』(雪・月・花、折本仕立て三帖)を高精細カラーで影印したもの。収められた短冊は全部で八〇四枚、江戸前期の俳人七五六名の優品が居並ぶ。影印では抜群の実績を誇る八木書店(印刷は天理時報社)の刊行だけあって、昨今のデジタル画像に慣れ親しんだ眼でも、そのカラーはひときわ鮮やかに映る(版元のチョイスにまず快哉を叫びたい)。簡素な打曇り短冊は意外にも少なくて、打曇りに墨流し・金銀箔散らし・金銀砂子・金銀下絵を添えた美麗な装飾短冊が多いことに驚かされる。かの西鶴が編んだ『古今誹諧師手鑑』(延宝四年〈一六七六〉序刊)の原本も、実はこのように壮麗なものではなかったかと想像が〓き立てられる。そもそもこの期の、いわゆる貞門・談林俳人については詳伝のわからないことが多く、いわば大量の「名もなき詩人たち」が俳文学史を彩っているのだが、本書はソコにも手が届くように、すべての短冊の裏書きと札(いわゆる「極め札」ではない)をモノクロ図版で掲出している。『貞門談林俳人大観』(今栄蔵編、中央大学出版部、一九八九)を縦糸とすれば、これらの諸情報は横糸たり得る可能性を秘めている、そんな著者の心憎い配慮が嬉しい。

そして何より瞠目させられるのは、この手鑑のうちの月・花二帖が、半世紀以上も前に野間光辰によって紹介された誹諧人名録「寛文比誹諧宗匠并素人名誉人」(『連歌俳諧研究』一七号、一九五八。のち『談林叢談』〈岩波書店、一九八七〉所収)の典拠であったということだ。その趣意は、先の日本近世文学会の大会で研究発表され(永井「『誹諧短冊手鑑』と「寛文比名誉人」」、二〇一四年一一月、於日本大学)、会場でも大きな反響を呼んだが、その概要がさらに丁寧に周到に、四百字詰め原稿用紙換算で二百枚に及ぶ「解説」にまとめられている。成立時期や編成、あるいは編集者や現姿調整の諸問題など、およそこの手鑑の持つ意味があらゆる角度から考証される。これをしも圧巻と言うのだろう。

巻末の「付表」と「索引」(初句・姓名・俳号署名別号)の充実も特記すべきであり、西鶴の珍短も芭蕉の名句も自在に検索できる。極上の手鑑が忽然と姿を現し、短冊を愛する著者の許へと収まって、行き届いた書物へと結実した――。今回の壮挙はまさに、夢のような出来事だと改めて感じられる。読者諸賢には、一人ひとり、たっぷりと「夢のつづき」を楽しんでほしい。
*なお本書編刊の経緯は、著者自身によって「短冊・トラウマ―『誹諧短冊手鑑』刊行に際して」(『日本古書通信』八〇巻一〇号、二〇一五年一〇月)なる小文がものされており、ウラ話を含んでそれもまた楽しい。
この記事の中でご紹介した本
誹諧短冊手鑑/八木書店古書出版部
誹諧短冊手鑑
著 者:永井 一彰
出版社:八木書店古書出版部
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