蒼空を翔る 土方歳三かく闘えり 書評|横山 北斗(牧野出版)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年7月12日 / 新聞掲載日:2016年2月26日(第3129号)

キーワードは「四民平等」 不思議なリアリティが随所に

蒼空を翔る 土方歳三かく闘えり
著 者:横山 北斗
出版社:牧野出版
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世によくある竜頭蛇尾の作品とは違って、本書は読み進むに従い面白くなっている。ほとんどが現代語によって書かれた、ある種珍しい歴史小説で、しかも一部、ライトノベルかコミック風。私のように頭の堅い「文士」には、首を傾げさせられるところもないではないが、全体としては、それが活きている。不思議なリアリティを感じさせるのだ。たとえば宇都宮の戦場で歳三が、さきに逝った近藤につぶやきかける場面だ。「俺にも、もうじき子どもができるらしい。/生きて、その子に会えたら、さぞ幸せだろうな。/けど、そんな普通の幸せを捨て去ることで、今があるんだ。/そうだろ、勇さん。/それは歴史が俺たちに与えた使命なんだよ。/そうさ。たとえ、天が俺たちに味方しなくとも、これは使命なんだ」。

著者の横山北斗氏は社会福祉関係の著書を複数もつ気鋭の政治学者であり、国会の赤絨毯を二期にわたり踏んでもいるらしい。じっさいの政の修羅場を体験してきているのだ。そういう御仁でなければ書けない文章、場面も随所に見られる。「会津藩に恩義はあるが、中央が地方にお金を回さないという政府間関係の問題にまで新選組が関わるのは如何なものだろうか」「思想や信条がどんなに立派であっても、それを支持する人々が多数派を形成しないことには目的は達成されない。そのためにはあまり難しいことは言わない方がいいのだ」といった具合だ。今日の政治課題と通底してはいまいか。

徳川幕府が内戦も侵略もせずに「二百六十年もの泰平の世を築いた」。そこには「なんにしても戦は悪い」という思想がある。それを「呆れるほど立派」としながらも「肩の凝る話だ」と土方に独語させている辺りにも感心した。七十年の「無戦」の時代=現代日本の問題と重なるからである。

順序があとさきになったが、ここで四百頁に及ぶ本書の流れを浚えておこう。三つのパートに分かれていて、「禁門の変」から「鳥羽伏見の戦い」までの【京都―池田屋事変以後―】がいちばん長く、半分以上を占める(池田屋以前については、前作の『歳三の双眸』で語られている)。ついで、帰府後の「洋装の武士」から「会津戦争」まで(【転戦】)。そして最後が、榎本艦隊にくみしての蝦夷地への「上陸」から熾烈な討ち死にをとげる「五月十一日」までの【蝦夷地】となる。

「あとがき」で著者は「歴史小説の使命」を「誰かの創作のうえに創作を重ねるのではなく、作者自らが史実を精査し、そのうえで実在感ある虚構世界を構築すること」としているが、なるほど先人(新選組や土方に関しては、私もその一人)とはべつの視点、異なる感性を大切にし、そこかしこで「精査」している。山南の死をめぐっての新説(自殺説)や、宮古湾海戦における歳三の立ち位置(じつは現場にはいなかった)などが、そうである。

だが本書のいちばんの特徴はテーマ性、メッセージ性が明らかなことである。端的にそれが表わされているのは鳥羽伏見の戦いに敗れ、江戸に戻ったときに土方が思う場面だ。「そもそも、徳川のご恩に報いることが、この戦いのすべてではなかったはずだ。/腐敗した武士の世を終わらせ、四民平等の世の中を作る。誰もが努力次第でなりたいものになれる。そんな社会を目指して闘ってきたのだ」。

本書のなかで何度もくりかえされる「四民平等」の四文字。おのれも多摩の農民の出だが、階級差の壁を越え、武士になった。そういう社会を作ることが、新選組の「鬼の副長」が何よりも望んだことだったのだ――このメッセージ性を基に、まさに虚々実々、あらゆるデテールを描いてゆく。それこそが著者、横山氏の真骨頂であろう。
この記事の中でご紹介した本
蒼空を翔る 土方歳三かく闘えり/牧野出版
蒼空を翔る 土方歳三かく闘えり
著 者:横山 北斗
出版社:牧野出版
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