パリ、五月革命の残光 ―六八年の思想―  (最終回/全四回) 西山 雄二|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

パリ、五月革命の残光 ―大学改革と抵抗運動―
更新日:2018年7月10日 / 新聞掲載日:2018年7月6日(第3246号)

パリ、五月革命の残光 ―六八年の思想― 
(最終回/全四回) 西山 雄二

このエントリーをはてなブックマークに追加
高等師範学校での集会「大学の死」に参加するジョルジョ・アガンベン。従来の意味とは異なる「行動」を再考しようと呼びかけた。
六八年五月に関しては、二〇〇八年の四〇周年前後に歴史的な分析や思想的な解釈の整理がかなり進展した。当時の運動の当事者・関係者の記憶や証言だけでなく、若手研究者の実証的な考察によって、多角的な研究が積み重ねられた。五〇周年の今年は新たな包括的理論を提示するという勢いはさほど感じられないものの、しかし、多数の解釈が示されている。

ポンピドゥー・センターでは多数の講演会が企画された。アラン・フィンケルクロートは六八年当時、もっともラディカルに左派に傾倒するべきという意気込みで毛沢東主義者になったが、七〇年代以後はマルクス主義に批判的な立場をとっている。今回も、「二〇一六年の広場占拠運動『屈しない夜』は内輪の議論にすぎず、六八年の絶対的な民主的議論の解放とは異なる。今年の大学封鎖はキャンパスを無知なバラック小屋にしているだけ」と批判的だった。

エチエンヌ・バリバールは「六八年以後、新たな哲学の言説?」において、六八年の出来事によって、哲学と政治の関係が問い直され、大学アカデミズムの講壇哲学とは異なる哲学的活動家が生まれたとする。六八年は当時絶頂だった「構造主義」を葬り去り、主体や実践、身体や欲望の問題系が回帰した。ただ、彼の問いは、六八年前後の連続でも衰退でもなく、構造主義はいかに変容したのか、である。

ブルデューとアルチュセールが「再生産」の概念を用い、前者は文化的な模倣や教育的継承として、後者は経済的モデルとして分析した。権力に服従し、抵抗の契機を失ってしまうのはいかなる規律化や道徳的有責性によるのか。バトラーらがこの問題系を引き継ぎ、生殖やジェンダーの視座が盛り込まれたのだ。また、六八年を境にラカンは反動化し、フーコーは政治化するが、両者とも「言説」を分析対象とした点で共通する。五月はまさに誰もが発言権を得た出来事で、彼らの相違は「話し言葉」への感性ではないか。ラカンの「四つのディスクール」に革命的な言葉の余地はないが、フーコーの言説分析には粗野な言葉への余地があり、サド―ブランショ的な「すべてを言うこと」にも一脈通じている。
エチエンヌ・バリバールの講演「68年以後、新たな哲学の言説?」(写真提供:西山雄二)
フランソワ・キュッセは「五月……政治の祝祭!」にて、フランスの五月がまさに祝祭空間の創出だった点を強調する。だが、これまでの五月の解釈において、イデオロギー的政治と文化的祝祭といった分離がなされることでその可能性が矮小化されてきた。社会的な祝祭は資本主義的産業化を被り、反抗のエネルギー源ではなくなってしまう。六八年の今日性のために、政治と祝祭の結合を取り戻すことでマイナーへの生成変化(ドゥルーズ+ガタリ)を誘発し、協同の場を作り出すこと、闘争と笑いの関係を思考し直すこと、占拠の効力を考えること、世界の若々しさというイメージをもつことが提起された。

アラン・バデュウは『反逆は正しい』を刊行し、六八年の紋切り型の解釈から手を切るべきと提言する。なぜ六八年を記念するのか。五月の運動がすでに死んでしまったとみなが確信しており、青春時代への郷愁に駆られているからだ。しかし逆に、五月の否定が極まったところで、加速する新自由主義的資本主義に抗して、若者らが新たな着想の源泉を求めて五月へと回帰している。

バデュウは五月を学生運動、労働者運動、絶対自由主義を求める生き方の変化という三つの次元で規定した上で、さらに重要な側面があるという。それは「社会的地位の不可能な激変、無情な状況の転覆、財産や自由、権力の下劣な階層秩序の転覆が、前代未聞の形の発言権を通じて、出来事の新しさに適合した組織形態の暗中模索によって、政治的に可能であると確証した諸経験の総体」であり、私的利害から解放されたコミュニズムの仮説を保持することが肝要だとされる。

五月革命は出来事の概念自体に根本的な変化をもたらした。「出来事が追悼によってしか意味をもたない。出来事はそれ自身に対して、その固有の出来事になる」(ピエール・ノラ)。その起源から生成の試練に曝され続けている出来事、六八年五月――五〇周年でもまた、五月の出来事が私たちの未来への尽き果てぬ歴史的淵源であることが確認されたのだった。(にしやま・ゆうじ=首都大学東京准教授・フランス現代思想/パリ在住)
このエントリーをはてなブックマークに追加
西山 雄二 氏の関連記事
パリ、五月革命の残光 ―大学改革と抵抗運動―のその他の記事
パリ、五月革命の残光 ―大学改革と抵抗運動―をもっと見る >
歴史・地理 > 西洋史 > ヨーロッパ史関連記事
ヨーロッパ史の関連記事をもっと見る >