ジャン=リュック・ゴダール会見全文載録 「E・サイードに導かれて」 (at第71回カンヌ国際映画祭) |書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年7月6日 / 新聞掲載日:2018年7月6日(第3246号)

ジャン=リュック・ゴダール会見全文載録
「E・サイードに導かれて」
(at第71回カンヌ国際映画祭)

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第71回カンヌ国際映画祭(2018)は、是枝裕和監督『万引き家族』のパルムドール受賞で幕を下ろした。一方、今回新設された「スペシャル・パルムドール」には、ジャン=リュック・ゴダール監督『イメージの本』(原題:Le Livre D'image)が選ばれた。同作は、5月12日に最初の上映があり、パレ・デ・フェスティバル・エ・デ・コングレで、ゴダール監督の記者会見が、スマートフォンのビデオ通話を通して行われた。記者がスマホに向かって質問し、スイスの自宅にいるゴダール監督が答える、異例の会見だった。この45分間にわたる会見を、全文翻訳載録する。翻訳は、本紙連載「ジャン・ドゥーシェ氏に聞く」の聞き手・翻訳を務める久保宏樹氏にお願いした。(編集部)
第1回
映画の鍵(X+3=1)

『気狂いピエロ』をもとにデザインされた映画祭公式ポスター。J=P・ベルモンドとA・カリーナのキスシーン。(C)デザイン:Flore Maquin/写真:Pierrot le fou(C)Georges Pierre

ジャン=リュック・ゴダール(以下JLG) マシンガンのような騒音ですね。

――テレビ電話を通じた記者会見を実現してくれたカメラマンに感謝します。こんにちは、ジェラール・フォールです。お元気ですか。
JLG 
 こんにちは。あなただと気づきませんでした。

――口ひげを生やしたからだと思います。『革命児サパタ』〔註1:7面を参照〕のようでしょう(笑)。今から、ジャーナリストが質問をします。皆、良さそうな人たちですよ。返答していただければ幸いです。難題が出ないことを願いましょう。それでは始めます。

――こんにちは、ゴダールさん。このようにして、お話するのは奇妙です。『ル・ポワン』誌のオリヴィエ・ユベルターリです。お元気ですか。
JLG 
 はい、大丈夫です。

――葉巻を片手にしているので、とても元気そうに見えます。『イメージの本』に関して、質問があります。この映画の中で、アラブ世界との、シリア、イラン、パレスチナのような、とりわけ危険な状態にある地域と、考え方や見解を共有しているように思えます。例えば、イスラエルにおけるアメリカ大使館の移転のような問題についてです。最近のアラブ世界の何が、着想を与えたのでしょうか。
JLG 
 私が、とある作品から別の作品を組み上げる時には…何か出来事が必要です。私の年齢になると、出来事のなかで興味深く感じるのは、成されたことだけではなく、成されなかった事でもあるのです。この二つを持ってして、その二つを読み取る必要があります。成されたことについてだけの議論がある一方で、成されなかったことについての議論は非常に僅かです。そのようにして、危機的な事件に通じることができないのです。その質問に対しては、あまり大したことは言えません。残念ながら、世界には、僅かな知性と多くの哀れみがあるだけです。

――こんにちは、ゴダールさん。『フランスプレス』のソフィー・ロビーです。ボイコット事件が起きた68年5月のカンヌ映画祭から、50年後に再びカンヌの舞台に立っていることについて質問です。50年後にカンヌのコンペティションに出品していること、再び政治的な考えに戻っていることに関して、どのようなご心境ですか。『イメージの本』は、あなたにとって、政治的映画なのでしょうか。この作品において、西洋がアラブ世界に対して振舞っているあり方に基づき、戦争とアラブ世界について取り上げています。その意味で、この作品は非常に政治的なのではないでしょうか。
JLG 
 違います。私はアルバート・コセリー〔2〕の小説を学ぶことを訴えかけようとしました。コセリーと彼の小説については知っていることかと思います。とりわけ、アラブ人たちがいかにして彼らの世界を作り上げ、どのようにして外部の世界を必要としていないかについてです。アラブ人たちは、必要なものは全て持っています。書き言葉を発明し、他にも多くのものを作り上げました。必要以上の石油さえ持っています。私たちが自分たちの世界を自治するようにして、彼らにも彼らの世界を自治させるべきです。映画の中における私たちとは、大したものではありません。私が引用したのはエドワード・サイードや他の人々の文章です。私の口から言えるのは、一本の作品が、横柄さを理由に、成されたことを見せることのためにさえ作られないだけではなく――それまでの年と同じようにして、今年のカンヌに出品されている大半の作品はこのような事例に当てはまります――、僅かな作品だけが、成されなかったことを見せるために作られます。私の作品が、僅かでも見せ、考えさせることを期待しています。成されなかったことのためには、頭だけではなく手を用いて考える必要があります。

――映画祭のボイコットから50年後の今日に、再びカンヌの舞台に立つことに関してはどのようにお考えですか。
JLG 
 それは現在の問題です。映画を作りながら、いつか考えたことがあります。私の作品には、かつて、十万人の観客がいました。それがある時を境に、観客の数が減りました。それでも、50年、100年の後には、世界中で十万人程の観客が私の作品を見ていると考えました。その十万は、若者や歳を重ねた人々で成り立っているはずです。その中でも、最も年老いた人々は、ピエール・オヴェルネー〔3〕の葬儀に立ち会っています。このようにして、私は68年のことを覚えています。ジル・トータン〔4〕のこともザディスト〔5〕たちのことも覚えています。話は終わりです。

――こんにちは、ゴダールさん。カナダの『トロントスター』のピーター・ハウエルです。新作の上映おめでとうございます。よく聞こえているでしょうか。あなたの有名な言葉について質問です。「映画は初め、中間、終わりが必要である。しかし必ずしも、その順序である必要はない」。『イメージの本』を通じて、このような考え方に戻ったのではないでしょうか。加えて、2018年の映画の構造についてもお話いただけますか。
JLG 
 そのような考え方に戻ってはいません。もし私がそのようなことを、昔言っていたのであれば、それは「映画には物語が必要であり、その物語には初め、中間、終わりがある」と考えていたスピルバーグやその取り巻きに、反対するためです。そのために私は、必ずしも順序立っている必要はないと言ったのでしょう。初め、中間、終わりの三つは常にあると言えます。その三つを、どのような順序にすればいいのかは、私にはわかりません。かと言って、通常ならば成功だと言われるようなチュートン騎士団のような秩序(=順序)に、執着はありません。それでも、一度だけ、全く成功しなかった方程式を作ったことがあります。映画とは「X+3=1」である。学校教育を始めたばかりの子供からウンチのにおいがするようにして、容易に理解できるはずです。もしX+3=1ならば、この「=」は「マイナス2」です。過去、現在、未来のいかなるイメージであれ、真の音や真のイメージが存在し始める第三のものを見い出すためには、消去することが必要です。X+3=1は、映画の鍵です。そこに鍵が存在するのであれば、錠の存在も忘れてはいけません。



〔1〕『革命児サパタ』はエリア・カザンによる1952年の作品。メキシコ革命の革命家エミリーノ・サパタの半生を描いた。
〔2〕アルベール・コスリー(1913-2008)。カイロ生まれの作家。パリで活躍しフランス語で、エジプトや想像上の中東についての著作活動も行った。西洋近代社会から距離をとった単純で緩慢な文体によって、自身の幼少期の体験を綴った。訳書に『老教授ゴハルの犯罪』(水声社)。
〔3〕ピエール・オヴェルネー(1948-1972)。マオイズム活動家。左翼プロレタリアの「マオ大衆自発革命主義」に参加した。1972年にルノーの工場での闘争活動中に、警備員とのもみ合いの中で死亡した。
〔4〕ジル・トータン (1950-1968)。共産主義青年同盟マルクスレーニン派のマオイズム活動家。68年五月革命の活動の最中、セーヌ川で溺死した。
〔5〕 ZAD (開発整備予定地域)に反対する活動家たち。成田闘争のようなことを繰り広げていた。
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ジャン=リュック・ゴダール()映画監督
フランスの映画監督。一九三一年、パリ生まれ。ソルボンヌ大学で人類学を学んだあと、一九五〇年、ジャック・リヴェット、エリック・ロメールと「ラ・ガゼット・デュ・シネマ」発刊。一九五二年「カイユ・デュ・シネマ」に映画評を寄稿。一九五四年、初作品「コンクリート作戦」を監督。一九五九年、初長編「勝手にしやがれ」を発表し、ヌーベルヴァーグの旗手として注目される。一九六八年の<五月革命>以後に「ジガ・ベルトフ集団」を結成。「東風」「イタリアにおける闘争」等、政治色の強い映画を製作。七〇年・八〇年代は、実験的で革命的な作品製作に没頭。一九八三年、「カルメンという名の女」でヴェネチア映画祭グランプリ。その他の作品に「軽蔑」「アルファヴィル」「気狂いピエロ」「男性・女性」「彼女について知っている二三の事柄」「中国女」「こことよそ」「勝手に逃げろ/人生」「パッション」「ゴダールのリア王」「ヌーヴェルヴァーグ」「ゴダールの決別」「女と男のいる舗道」「新ドイツ零年」「フォーエヴァー・モーツァルト」「映画史」「愛の世紀」「さらば、愛の言葉よ」など。日本には一九六六年に初来日。近年では、二〇〇二年に、高松宮殿下記念世界文化賞を受賞した際に来日した。日本の映画監督にも、黒沢清・青山真治ら、その作品から強い影響を受けたものが多数いる。
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