金正恩の夢  米朝首脳会談とリベラル・デモクラシーの衰退|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年7月10日 / 新聞掲載日:2018年7月6日(第3246号)

金正恩の夢 
米朝首脳会談とリベラル・デモクラシーの衰退

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シンガポールで米朝首脳会談がおこなわれ、朝鮮半島の完全非核化や平和体制の構築が明記された共同声明に両首脳が署名した。

まず朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の核問題を論じるにあたって以下のことを前提としなければならない。イスラエル、インド、パキスタンといった、核拡散防止条約(NPT)に加盟していない核兵器保有国が現に存在している以上、北朝鮮だけが非難される理由はどこにもないこと。核保有をアメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国にだけ認めるNPT自体がそもそも正当なのか、ということ。そして、アメリカ本土を射程圏内とするICBMの発射実験を北朝鮮が繰り返すきっかけとなったのが、2017年4月6日米中首脳会談の最中におこなわれた米軍によるシリアへのミサイル攻撃だったことだ。アメリカによる国連安保理決議なしの軍事介入に刺激された北朝鮮が、核抑止力獲得のためにミサイル開発を急ぎ、その結果厳しい経済制裁と軍事的緊張を招き、さらなる発射実験をくりかえす……というかたちで朝鮮半島情勢がエスカレートしたことをまず確認しなければならない。

そうした情勢のなか、韓国の文在寅政権の一貫した融和・対話姿勢によって、平昌オリンピックを契機に南北首脳会談、米朝首脳会談が実現され、軍事衝突という最悪の事態は回避された。文大統領は米朝首脳会談を「冷戦の対立に終止符を打つ歴史的な出来事」と評したが、ソ連崩壊や東西ドイツ統一といった冷戦終結を象徴する出来事と決定的に異なるのは、いまやリベラル・デモクラシーが力を失っている点だ。

ヤシャ・モンクとロベルト・ステファン・フォアは次のように述べる。
「北米、西ヨーロッパ、オーストラリア、そして日本という、第二次世界大戦後にソビエトに対抗して西側同盟を形成した民主国家は、19世紀末以降、世界の総所得の大半を占有する地域だった。〔…〕しかしいまや、過去1世紀で初めて、これらの国が世界のGDP合計に占める割合は半分を割り込んでいる。国際通貨基金(IMF)は、今後10年もすれば、その比率は3分の1へと落ち込むと予測している」(「欧米経済の衰退と民主的世紀の終わり」『フォーリン・アフェアーズ・リポート』6月)

自由民主主義リベラル・デモクラシー国家の没落に対して、中国やロシアといった権威主義国家の成長はいちじるしい。
「民主国家が優位を喪失していく一方で、世界の経済生産に占める権威主義国家の割合が急激に上昇している。1990年当時、人権団体フリーダム・ハウスが「自由ではない」と分類した国が世界の所得に占める割合はわずか12%だったが、いまやそれが33パーセントに達している。〔…〕世界はいまや大きな転換点に近づきつつある。今後5年以内に世界の所得に占める中国、ロシア、サウジアラビアなど「自由ではない」と分類される諸国の割合は、欧米のリベラルな民主国家のそれを上回るようになるだろう。逆に言えば、四半世紀の間に、リベラルな民主国家は先例のない経済的強さから、同様に先例のない弱体化の道を歩みつつある」(同前)

冷戦崩壊後の自由民主主義リベラル・デモクラシー国家は「資本の偉大な文明化作用」(マルクス)を過信していたといえる。つまり、中国やロシアを世界市場に迎え入れれば、いずれその政治体制は民主化・自由化するとのんきに考えていた。たしかに多くの人々が豊かな消費者になり、日本に観光客として訪れるようになった。しかし、経済的な自由に見合うほどの政治的な自由を獲得していない。いっぽうの西側諸国ではグローバリゼーションによって中産階級が没落し、リベラル・デモクラシーが危機に瀕している。リベラルな国際秩序からすれば、人権尊重や自由競争の徹底を求めて権威主義国家に圧力をかけるべきだが、これらの国が世界経済に深く食い込んでいる以上、世界経済の混乱によって自国もダメージを受けかねないというジレンマがある。

モンクらは、「強権国家と市場経済に準じた経済、そして適度に安定した財産権を組み合わせたシステム」をもつ「権威主義的近代性」がペルシャ湾岸や東アジアで成功していることを指摘し、次のように述べる。
「成功した経済モデルを採り入れることを望む、そう豊かでない世界の国々にとって「権威主義的近代性」を実現する国々の目を見張るような成長は、もはやリベラルな民主主義だけが豊かさへ至る唯一の道ではないことを示している」(同前)

このような世界情勢において米朝首脳会談をどう見るべきか。エマニュエル・トッドが、アメリカのイラン核合意離脱とならべて、次のように分析しているのは興味深い(「日本は核を持つべきだ」『文藝春秋』7月)。
「米国は、核兵器を持った相手(北朝鮮)とは交渉し、核兵器を諦めた相手(イラン)には攻撃的に出ている。ここから得られる教訓は何か。米国は、核保有国には和平的な態度を取るが、非核保有国には威圧的な態度に出るというわけで、「米国と和平的交渉をしたいならば、核兵器を持った方がいい」というメッセージを全世界に向かって発しているも同然です。米国は、核拡散を奨励する外交を展開しているわけです」

トッドは核兵器を「戦争を不可能にするもの」と定義している。核兵器は使用する場合のリスクが極めて大きく、自国防衛以外には用途はないからだ。たしかにアメリカは武力行使に踏み切ることができなかった。北朝鮮が完全な非核化を達成することは今後もずるずると延期されるだろうし、北朝鮮に倣ってアメリカと対立する国家は核兵器の獲得・保持を目指すだろう。日本も核武装すべきだ、というトッドのような主張も当然出てくる。宮崎哲弥はトッドの見解を引きながら、北朝鮮国内の人権問題を棚上げした米朝首脳会談について、「敗退したのはリベラル国際秩序である。剥き出しの「力の政治」に敗れたのだ」と正しく指摘している(「時々砲弾」『週刊文春』6/28)。そうしながらも宮崎は依然としてリベラル国際秩序の必要性を説くが、自由民主主義リベラル・デモクラシー国家が経済でも劣勢であるのは先に述べたとおりだ。

ところで、ジャン・ジャック=ルソーは戦争を相手国の憲法を書き換えることと定義した。つまり、戦争を社会契約の変更=革命と同じ意味で捉えたわけだ。ならば、「戦争を不可能にする」という核の定義は、「革命を不可能にする」といいかえられる。ボルトン補佐官が提案した「リビア方式」による非核化に北朝鮮が反発したのも、「アラブの春」におけるカダフィ政権の崩壊を目のあたりにしたからにほかならない。たしかに核は「戦争の不可能」=平和をもたらす。しかし、それは同時に革命を不可能にする国家の暴力なのだ。こうした認識なしに平和を望むことは、人民への抑圧を認めることになる。革命の権利を肯定するという意味において、すべての・・・・核兵器に反対しなければならない。

会談前夜、金正恩委員長がシンガポールを観光する様子が報道された。三つの屹立するビルの頂上を大きな船で覆い隠したかのようにデザインされたホテル「マリーナベイ・サンズ」に入った金委員長が、観光客らの呼びかけに手を上げて応える姿が印象に残っている。一昨年解散したSMAPが真っ白な衣装に身を包んで出演したソフトバンクのCMが撮影された有名観光スポットだからか、その場に居合わせた日本人観光客もいたようだ。この両首脳ならば、会場周辺でデモがおこなわれても不思議ではないが、そうならなかったのはシンガポールが政治的に「自由である」国ではないからだ。消費は許されても政治は許されていない。この意味で金委員長が「シンガポールから多くを学びたい」と感想を漏らしたのは象徴的だろう。もちろん、中国が少子高齢化問題などを抱えているように、権威主義国家といえどもその体制は磐石ではない。だが、それゆえに人民の不満を解消するために経済成長を最優先とし、「力の政治」による争いは熾烈を極めるだろう。「ブルジョワ独裁」の時代はすぐそこまで迫っている。
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