パリ地名大事典 書評|ベルナール・ステファヌ(原書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年7月7日 / 新聞掲載日:2018年7月6日(第3246号)

徹底して起源・由来にこだわる地名事典

パリ地名大事典
著 者:ベルナール・ステファヌ
翻訳者:蔵持 不三也
出版社:原書房
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たとえばアンドレ・ブルトンの『ナジャ』を読んでいるとき、あるいはバルザックやゾラやプルーストの一節に読みふけって登場人物の足取りを追うときに、地図だけでは物足りなくて、もう少し詳しくパリの地名について調べたくなることがあるだろう。そんな時最初に手に取るのは、これまではなんといってもジャック・イレレの『パリ街路歴史事典』であった。一九六〇年に初版の出たこの浩瀚な事典は、記述が詳しく図版も豊富で、信頼度の高い著作である。しかし一九七二年に補遺が刊行されたのち、小規模な改訂が数回行なわれて、二〇〇四年には十一版に達しているようだが、残念ながら邦訳がない。

一方少し趣味的な歴史散歩であれば、アルフレッド・フィエロー『パリ歴史事典』(邦訳、白水社)にパリ好きの興味をおおいにそそる記述がたくさん見つかる。同じ著者には、これも未訳だが『パリ街路名の歴史と記憶』(一九九九年)もあり、小さな活字でぎっしりと好事家向けのエピソードが満載されている。この著作と似たコンセプトで、しかしフィガロ紙連載という性格上、より一般向けの内容の挿話を集めたのが、ベルナール・ステファヌ『図説パリの街路歴史物語』上下二巻(蔵持不三也訳、原書房)である。

そして同じ著者、同じ訳者による、より網羅的な大部の事典の邦訳がついに刊行された。『パリ地名大事典』(原書房)である。一〇〇〇頁になんなんとする大冊で、五〇〇〇以上の街路名が記載されている。上記イレレの事典に匹敵する項目数だが、このふたつの事典は編集意図がまったく異なっている、四区のニコラ・フラメル通りの記述を比べてみよう。イレレでは総延長九九メートル、幅一一・六八メートル、リヴォリ通りとロンバール通りを結び、かつてはマリヴァ通りの名であったが、似たような名称をいくつか経て、一八五一年に今の名称になったことが分かる。このように道路自体に直接関わる情報を非常に細かく記しているのだが、しかし肝心のニコラ・フラメルとは、どうやら人名らしいがいったい何者なのか、まったく分からない。

そこで『パリ地名大事典』をひもとくと、十四世紀から十五世紀にかけて生きた書店主・代書人で、裕福な未亡人ペルネルと結婚して先立たれたために莫大な遺産を相続し、そのせいか錬金術師の噂もあり、また亡くなったときにわずかな金銭しか残っていなかったので、隠し財産が取りざたされたというようなことまで分かる。さらに訳者による補註で、三区のモンモランシー通りに、フラメルの住んだ家が残っていることも教えてもらえる。残念なのはその妻ペルネルの名を冠した道路がすぐそばにあり、本書でもちゃんと立項されているのに、相互参照の指示がないこと、また夫婦ふたりの名の通りがあるのはこれがパリで唯一の例であるのに、その点に言及がないことだろうか。地理的な情報としては四区にあると記されているだけである。このように徹底して地名の起源にまつわるエピソードを盛り込んだのがこの『パリ地名大事典』である。何より読む事典だが、参考図書として利用したければ、本書に加えて、本屋では売っていないパリ市役所刊の部厚い『公道・私道公式リスト』を、アルスナル図書館(四区)の向かいにあるパリ市役所外局まで行って入手すると、パリの街路に関してはまず完璧な情報が手に入ることだろう。
この記事の中でご紹介した本
パリ地名大事典/原書房
パリ地名大事典
著 者:ベルナール・ステファヌ
翻訳者:蔵持 不三也
出版社:原書房
以下のオンライン書店でご購入できます
「パリ地名大事典」出版社のホームページはこちら
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