「少年ジャンプ」黄金のキセキ 書評|後藤 広喜(ホーム社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年7月7日 / 新聞掲載日:2018年7月6日(第3246号)

「幽☆遊☆白書」が分水嶺 
『ジャンプ』のアクチュアリティを分析的に記述

「少年ジャンプ」黄金のキセキ
著 者:後藤 広喜
出版社:ホーム社
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今年は『少年ジャンプ』創刊50周年だ。先立つ1959年に創刊した『週刊少年マガジン』『週刊少年サンデー』が60年代における〈若者文化としてのマンガ〉の成立という時流に強く結びついていたのに対し、後発の『ジャンプ』はあくまで「少年」読者のためのマンガ誌として、新人マンガ家を中心に出発した雑誌であった。

本書の第一章には、アンケートによる読者像の把握や連載の管理、新人賞を通じた新人の発掘と「専属制度」などによって支えられている、この「少年マンガ」誌としての『ジャンプ』の編集方針が語られている。この編集方針自体は、本書の表現で言えば創刊時からの「創刊一世」であった西村繁男・3代目編集長による自伝『さらば、我が青春の『少年ジャンプ』』(飛鳥新社刊、1994年。のち幻冬舎文庫、1997年)でも触れられていたものだ。

だが、仕組みが形作られていく過程をめぐって、臨場感ある逸話的な面の強い西村の文章に対し、「創刊二世」である著者の筆致はより分析的だ。『ジャンプ』の編集方針がどのように機能し、その誌面になにをもたらしたかを解きほぐしていくその記述は、「創刊一世」の作った仕組みのもとで現場の新人編集者として誌面作りに取り組みつつ、やがて初の『ジャンプ』編集部生え抜きの編集長となった著者ならではといえよう。

そうした本書の分析性は、653万部という驚異の数字を達成する1997年にいたるまで、『ジャンプ』の歩みを各時代の代表的作品・作家によって振り返る、第2章以降にも通底している。当時の『ジャンプ』の誌面を作り上げていくなかで、各作品の持つ魅力や特色が果たした役回りが語られていく。

「キン肉マン」や「北斗の拳」、そして「DORAGON BALL」など、現在もファンに愛される作品を多数生み出した黄金期前後も目を引くが、本書ならではの読みどころは、やはり著者自身が個人的な思い入れもありつつ「『少年ジャンプ』が一番おもしろかった」時期だと述べる、第3章であろう。『ジャンプ』の新人漫画賞で見出された作家たちが、「創刊二世」の新人編集者たちとともに誌面を作り上げていった時代だ。

とりわけ、著者がはじめて担当した新人マンガ家であった、中島徳博の伝説的な作品「アストロ球団」連載時の、「狂気の域に踏み込んだような」(p82)マンガ家と担当編集者との関係をめぐる自己分析は、『ジャンプ』の誌面づくりを理解する上で重要な証言だ。「アストロ球団」が、創刊一世の西村繁男、創刊二世である本書の著者から、ともに『ジャンプ』的な連載マンガづくりの原点とみなされていることを考え合わせればなおさらである(なお、西村の「アストロ球団」評は西村繁男『まんが編集術』[白夜書房刊、1999年]で読むことができる)。

そして著者は巻末で「幽☆遊☆白書」についてとりあげ、こうした『ジャンプ』的な人気連載の方法論に則りつつも、『ジャンプ』にとってのなにかを変えた、分水嶺となった作品と評している。それは、今日の「ONE PIECE」のような大ヒット作にも見られる、雑誌とコミックスとの読者層の乖離という動向を象徴するものであった。そのような動向に対し、著者は率直に「この現実をどう受け止めていいのかわからない自分がいる」と書く。雑誌の方針が、その時代の誌面を構成した作品と密接に結びつていた、そんな『ジャンプ』のアクチュアリティを分析的に記述する本書が最後に吐露する困惑は、その「黄金のキセキ」が輝かしいものであるゆえに、マンガ雑誌にとって「冬の時代」である現在において、よりいっそうの重みをもって響く。
この記事の中でご紹介した本
「少年ジャンプ」黄金のキセキ/ホーム社
「少年ジャンプ」黄金のキセキ
著 者:後藤 広喜
出版社:ホーム社
以下のオンライン書店でご購入できます
「「少年ジャンプ」黄金のキセキ」出版社のホームページはこちら
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