小谷博泰『うたがたり』(2016) 間が好うて笑える前座か宣伝の失禁パッドが配られて寄席 |書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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現代短歌むしめがね
更新日:2018年7月10日 / 新聞掲載日:2018年7月6日(第3246号)

間が好うて笑える前座か宣伝の失禁パッドが配られて寄席 
小谷博泰『うたがたり』(2016)

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最近は落語ブームで寄席に若い客が増えているという話も聞くけれど、前座から聞きに来るようなコアなファン層はやはりまだまだ高齢者層なのだろうか。あまりに笑いすぎて失禁してしまうなんてことが起こったときのために、宣伝も兼ねて尿もれ用のパッドが配られる。若い前座はそのこともうまく笑いに変えながら噺に入っていったりするのだろう。

「道の駅の人形浄瑠璃」と題された連作のうちの一首であり、どうやら人形浄瑠璃の前座であったようだ(落語であったのかどうかはわからない)。作者は神戸在住の歌人であるが、京都の春画展、宝塚歌劇、そして大阪の人形浄瑠璃といったモチーフが連作の中に続々と登場する。古典も含め、いずれも京阪神のサブカルチャーだ。作者はある種の狂歌的なあり方での作歌をめざしているようで、そのことがこういったサブカルチャーへの、ひいては関西に暮らす普通の民衆たちへの愛情と優しいまなざしへとつながっている部分があるのだろう。

寄席で客に配られる失禁パッドというモチーフは、これまで誰も注目してこなかっただろう。「漏らしてしまうくらい面白い」という褒め言葉も、これまでありそうで絶妙になかった。いつかお笑いのライブ会場などにも失禁パッドが配られるようになる日が来るのだろうか。不思議とそれはあまり暗い未来であるようは思えない。温かい笑いに包まれる空間として、この世に現れるような気がしてならない。
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