燃えるキリン  黒田喜夫 詩文撰 書評|黒田 喜夫(共和国)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年7月15日 / 新聞掲載日:2016年3月4日(第3130号)

燃えるキリン  黒田喜夫 詩文撰 書評
甦る「最後の戦後詩人」 
再発見されるべき何かがなまなましく立ち上がる

燃えるキリン  黒田喜夫 詩文撰
著 者:黒田 喜夫
出版社:共和国
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かつて、黒田喜夫という詩人が存在した。東北地方の貧しい農村から京浜の工業地帯へと社会の辺縁を移動しながら、1950年代から70年代にかけて、その独特の幻想的リアリズムの手法によって、革命の夢と荒廃した現実とのめくるめく交錯を比類のない詩的空間に書き留めたのち、ベルリンの壁やソ連邦の崩壊をみることなく世を去った。

没後30有余年。本書は、今春から刊行が予定されている『黒田喜夫全集』に先立ち、そのエッセンスともいうべき詩と散文を選んで編まれたアンソロジーである。第一部には代表作「毒虫飼育」をはじめとする詩29篇を、第二部には「死にいたる飢餓」ほかの散文11篇を収める。巻末には、解説として、鵜飼哲による力作評論「黒田喜夫の動物誌――「辺境のエロス」をめぐって」が付されている。そして、田中千智の挿画と宗利淳一の装幀が鮮やかだ。それはまるで、忘却ののちの詩人の甦りを、あらかじめ書物という物質的な支持体のほうから告げているかのようである。

いまなぜ黒田喜夫なのか。挟み込まれた鵜飼哲の『全集』推薦文によれば、「ひとつの時代がひとりの詩人を葬り去ろうとする衝動が、黒田喜夫没後30年間の日本ほど、強烈だったことがかつてあっただろうか? 戦後詩の極北を指し示した彼の著書は、この時期ただの一冊も再刊されなかったのである。」

ところが、「新自由主義による社会的紐帯の解体とともに資本主義の高度化という幻想が潰え去り、福島第一原発事故とともに〈村〉の破壊が大地の死と同義であることがあらわになり、沖縄での新たな基地建設強行とともに日本がふたたび戦争に向けて動き出し、「アジア的身体」の否認がむきだしのレイシズムとなって吹き荒れるいま」、黒田喜夫の詩と批評が、時代を撃つ言葉として不思議なリアリティを帯び始めているというのである。嘘だと思うなら、本書を手に取って、自身の眼で確かめられよ。

そう促されているような気がして、読んでみると、まさしく再発見されるべき何かがなまなましく立ち上がってくるかのようだ。「最後の戦後詩人」とも呼ばれる黒田喜夫が書いたのは、たしかに潰え去った革命の幻想であり、その意味では歴史的過去というほかない事象だが、鵜飼も示唆するように、そこには「抜け道」があり、そこを通っていつのまにか私たちの現在に出てしまうというふうなのである。途中、「見る限り生えつづいている稲の海の/密生した根の下の一点に/パルチザンの心の形をして深く/埋っている地中の武器を」手に取って。「抜け道」はたとえば、「原点破壊」におけるすさまじい身体と性の変幻のうちに、あるいは、「毒虫飼育」や「原野へ」における、ほとんどユーモアの発現と紙一重の、驚くべき動物への生成変化の諸相のうちに求められるだろう。けだしユーモアとは、意味と非意味とが無差別に共存して言説のアナーキー状態をつくり出すところの、私たち自身にとっても有力な「地中の武器」のひとつではないだろうか。

言い換えるなら、それらの作品に読まれる夢魔的なエクリチュールは、戦後詩的なメタファーという歴史的限界を超えて、私たち自身による「抵抗」としての詩のあらまほしき姿まで、はるかに指し示しているように思われる。「燃えるキリンが欲しい」と私たちも叫んでいいのである、叫ばなければならないのである。ただし、今度は黒田の散文から引けば、「詩人とは、詩の自由と、それを自由の仮象と視る意識の矛盾する構造を呪われたように自己の内に抱き、(……)われわれの現存在の二重性、分裂の証人、それとの根源的な闘争者である」という自己批評性とともに。ともあれ、終わりが始まりとなる歴史の皮肉が、いやダイナミズムが、「最後の戦後詩人」の甦りを通して証明されることになるかもしれない。これからさき、黒田喜夫という詩人が存在するであろう。
この記事の中でご紹介した本
燃えるキリン  黒田喜夫 詩文撰/共和国
燃えるキリン  黒田喜夫 詩文撰
著 者:黒田 喜夫
出版社:共和国
以下のオンライン書店でご購入できます
「燃えるキリン  黒田喜夫 詩文撰」出版社のホームページはこちら
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