鳥海青児 絵を耕す 書評|原田 光(せりか書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年7月15日 / 新聞掲載日:2016年3月4日(第3130号)

鳥海青児 絵を耕す 書評
画家の人生をめぐる膨大な 
状況証拠と推論の山を提示

鳥海青児 絵を耕す
著 者:原田 光
出版社:せりか書房
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本書は、昭和の戦前から戦後にかけて、壁土を塗り固めたかのような分厚い絵肌から簡潔なモチーフが浮かび上がる特異な作風で知られた洋画家鳥海青児の、初の本格的な評伝である。と言いたいところだが、はたしてこれを「評伝」と呼ぶべきかどうか。執筆されたのは二十年ほど前、日動画廊の雑誌『繪』に七十数回にわたって連載されたものをこのほどまとめて成ったのが本書である。

出版にあたり修正は最低限にとどめたというのだが、その理由は読めばわかる。鳥海という魅力的ながら様々な意味で「わかりにくい」画家の実像に迫ろうと、著者がそのつど思いを巡らし、文献にあたり、画家が描いた土地に足を向けたり、関わりのあった人々を訪ね歩いたりしたその軌跡自体が本書の内容だからだ。ある章でさんざん考えた推測が、新たな資料に出くわして続く章では否定されたり、もしやと当たりをつけて連絡を取った関係者が同性の別人だったりといったことが本書ではたびたび起こる。そして、それがめっぽう面白いのだ。読者は著者に寄り添いながら、聞き込みに回る探偵のようにして鳥海という画家の人生に近づいていく。鳥海のような画家を相手にするには、これは案外うってつけの手法かもしれない。ちなみに鳥海が「わかりにくい」というのは作品や人生それ自体ではない。人生が作品を、作品が人生をうまく説明してくれないのである。

たとえば画学修行について。独学といわれる画家は少なくないが、鳥海ほど自覚的かつ徹底的な独学は聞いたことがない。若くして画家を目指しながら美術学校ではなく大学の商科に進み、それでいて進学後は絵ばかり描く生活を送って在学中にデビューを果たしている。驚くべきは、すでにその画風が晩年まで一貫して続く鳥海のスタイルであったことだ。この人の憧れる美術というものは、どうも初めから普通の美術少年と同じではなかったらしい。鳥海少年の交友をひもときながらその絵画世界の成り立ちにせまるくだりなどは本書の読ませどころの一つだろう。

鳥海が何を見ていたのか、わかるようでいてわからないという点では、よく知られた彼の古美術の収集も同じかもしれない。戦前から鳥海は、制作と同じかそれ以上の情熱をもってこれぞと思う古美術品の収集に耽った。そのなかには明らかな偽物もあれば、重要文化財級の逸品もある。平安から鎌倉期を中心とするそれらは、鳥海の制作にどう反映したのか。美術史に自覚的な画家の誰もが目当ての作品を「入手」しようとするわけではない。それらを手に入れ、身近に置かねばならないと鳥海が考えた理由は何だったのか。しかも生前からコレクションとしての執着はもたず、ある意味散逸するにまかせるところもあったというのだから、尋常の収集癖とみることもできない。ここでも著者は結論を急がず、本書では入手の現場をたどるようにして、その時々の鳥海の思いにわけ入ろうとしている。

そして何より、これらはすべて「洋画家」としての鳥海が何をなし遂げようとしたのかという最大の疑問に通じている。ヨーロッパ遊学から帰った鳥海はあらためて日本の風土に接し、その美しさを油絵に乗せることの困難さを告白している。にもかかわらず、その鳥海が生涯油彩にこだわり続けたのはなぜか。同じ困難を自覚する同世代の洋画家の多くは、古典的なスタイルの戦争画を手がけることで身も心も西洋の伝統そのものに重心を移した。油絵にこだわりつつ、そちらへも行かない鳥海には、はたしてどんな別の道が見えていたのだろうか。

本書にこれらの答えが書かれているというわけではない。が、再読、三読してみれば、あるいは書かれている可能性もある。なにせ本書が提示するのは結論ではなく、鳥海という画家の人生をめぐる、膨大な状況証拠と推論の山だからだ。
この記事の中でご紹介した本
鳥海青児 絵を耕す/せりか書房
鳥海青児 絵を耕す
著 者:原田 光
出版社:せりか書房
以下のオンライン書店でご購入できます
「鳥海青児 絵を耕す」出版社のホームページはこちら
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