遠い昨日、近い昔 書評|森村 誠一(バジリコ)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年7月15日 / 新聞掲載日:2016年3月4日(第3130号)

遠い昨日、近い昔 書評
時代という名の自伝 
尽きることない未知への創作精神

遠い昨日、近い昔
著 者:森村 誠一
出版社:バジリコ
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著者の森村誠一氏は80歳をこえ、昨年2015年で現役作家生活50年を迎えた今なお多分野に及ぶ作品を書き続けている。半世紀ものあいだ第一線で活躍し続ける作家はまさに「時代の証人」といえよう。政治・社会・世界が大きく変容していくなかで、氏が「なに」を「どう」捉え考え、読者に伝えてきたのか、当該自伝には自分史と時代史の重厚で濃密な絡み合いが肉声として実直に語られている。森村ファンには興味の尽きない作品だ。

郷里埼玉県熊谷を襲った大空襲から家族とともに生き延びた著者は、その無残極まる光景を直視し、「いつ、どんな形かわからないが、書いて、それを発表したいという突き上げるような衝動であった。この経験が、私がものを書く方面を志した原体験と言えよう」(33頁)という。そして「あとがき」の最後でもこう述べている。「この作品は、尊い犠牲によって学んだ戦後七十年の私の人生の軌道である。と同時に、尊い犠牲者を無にしてはならない、自戒の書でもある」(277頁)。「自伝」と「自戒」は表裏一体の関係にある。終戦70年の昨年に刊行されたことも本書の存在理由(の価値)を告げていよう。

評者はこれまで多くの森村作品に親しんできたし、それは今も変わらない。それぞれ江戸川乱歩賞と日本推理作家協会賞の『高層の死角』(1969年)や『腐蝕の構造』(1973年)、大ベストセラー『人間の証明』(1976年)とそれに続く三部作、近年では吉川英治文学賞の歴史時代小説『悪道』(2010年)など。牛尾刑事の終着駅シリーズや棟居刑事シリーズにも強い愛着がある(氏による「自作品の解説」は2007年の『小説道場』第11章を参照)。ただその「多く」とは森村山脈の多種多様なジャンルの膨大な作品群のほんの一部でしかない。当該自伝はそうした雄大な山脈そのものの歴史や時代性、創作精神が一著に凝縮されており、「森村誠一入門書」としての風味も存分に発揮している。

ここでは次の1点だけ書き記しておきたい。それは、ホテルマンから作家への転身をめぐる「葛藤」である。青学ハイキング部で青春を謳歌し、その後ホテルマンとして9年余勤務した森村。ホテルという人間観察の宝庫にいながらも、「鉄筋の畜舎」の社奴として、会社という名の組織に忠誠を誓う人生からの脱出を模索していた。氏は、「私は署名入りの仕事がしたかった」(85頁)という。決断後、「ホテルは私がいなくなってもなんの影響もなく、その営業をつづけていた。転社して3年、大学を出てから10年弱働いた職場に、私の足跡はまったく残っていない」(104頁)と回想する。なんとも感慨深い。「社会」人ではあってもそれは「会社」人にほかならず、氏にはいわば「自分」という身分がなかったのだ。ホテルマンとしての知識や経験値は森村作品のなかで輝きを放っているが、それは作家としての「この道」を経たからなのである。作家になっても「読者がいない」限り、それはただの自称作家にすぎないという厳しい現実。そして「自由の大海」に泳ぎ出す身分を得たときに痛感しえたという「会社の庇護」。みずからの苦悩と才能(の開花)が鮮やかに活写される「作家だけの証明書」(Ⅴ章)はむろん「森村誠一の証明書」だ。絶えず複数の連載を抱えながらも新たな執筆依頼をすべて受諾し、氏は「失われた10年弱を取り返すように書きつづけた」(134頁)。何度も修羅場をくぐったプロ中のプロの発言には格段の重みがある。角川春樹氏との出会いなど「この道」を彩り支えた人たちとの幅広い交流。それを「人生の節目の鍵」と称するセンスもにくい。

森村氏の晩年の創作活動や社会的な問題関心については、これから本書を手に取る読者諸氏にゆだねるのがよい。戦災を体験し、活字というものに飢えていた時代のなかで生き抜き、今なおこよなくひたむきに文芸を求道する姿勢には終着駅がない。たとえ終着してもそれは新たな始発にほかならない。その衰えぬ探究心こそ森村山脈の真骨頂であろう。是非一読を薦めたい。
この記事の中でご紹介した本
遠い昨日、近い昔/バジリコ
遠い昨日、近い昔
著 者:森村 誠一
出版社:バジリコ
以下のオンライン書店でご購入できます
「遠い昨日、近い昔」出版社のホームページはこちら
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