法廷通訳人 裁判所で日本語と韓国語のあいだを行き来する 書評|丁海玉()|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年7月15日 / 新聞掲載日:2016年3月4日(第3130号)

法廷通訳人 裁判所で日本語と韓国語のあいだを行き来する 書評
これほど責任感を伴う仕事はない 
体力と集中力、重圧感を要求される仕事に改めて敬意を

法廷通訳人 裁判所で日本語と韓国語のあいだを行き来する
著 者:丁海玉
出版社:
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著者は在日韓国人二世であるが、法廷通訳の世界に関心を寄せるようになったのも、彼女の韓国での5年間にわたる留学生活中の体験とは無関係ではない。もともと彼女の父は裁判所で韓国語の通訳人を務めていたこともあり、彼女自身何度か父親担当事案の傍聴に通ったことがあり、そのことが「法廷通訳人」への道を歩むことになる。

裁判所の資料(2014年4月の時点で)によると、61言語、3944人が法廷通訳人候補者名簿に登録されているという。今ではスピードを要求される裁判員裁判制度も実施されていることだから、この数も全体的に増えているのではないか。昨今日本で建設や介護の分野で労働力不足が叫ばれている以上、来日する外国人の労働者も増え、これに伴い「法廷通訳人」を要する裁判は漸増することになろう。

著者が初めて「法廷通訳人」として扱った事例は「出入国管理および難民認定法、いわゆるオーバーステイ(ビザの期限が切れても滞在していること)」である。事前に国選弁護士と大阪拘置所で被告人と面会し、打ち合わせをする中で、被告人の女性がわざわざ日本にまで出稼ぎにきた理由は、子供の学費を稼ぐためで、在留期間を2年も過ぎて食堂の皿洗いをしながら、子供に仕送りをしていたことが判明する。被告人との1時間ほどの接見ではあったが、裁判の流れを頭に叩き込んで、公判を待った。

まず裁判所では通訳人として宣誓書の朗読をし、中立な立場からあくまでも一言一句過不足なく忠実な通訳が要求されることは言うまでもない。ただ、忠実な通訳が要求されると言っても、相手があることだから、そう簡単なことではない。公判の過程で、通訳次第では執行猶予付きの判決が裁判長から下されるか否かの可能性もあるからだ。ことの次第では国外退去ということもあり得る。極めて地味な仕事であるが、通訳を要する裁判にとって法廷通訳人はある意味で重要な「カギ」を担っていると言えまいか。

著者が扱った案件は「オーバーステイ」というと簡単な事例だと考えがちであるが、「裁判」というのは、弁護側は被告人の弁護を、検察側は起訴した犯罪事実を証拠に基づいて証明し、冒頭陳述をする。そして論告と求刑をする。裁判官からの質問もある。要するに法廷内でやり取りされた言葉はすべて通訳人が一言一句訳さなければならない。

これほど神経をつかう仕事はないと思った。同時通訳ならその場で終わってしまうが、法廷通訳には七つ道具の一つとして今や電子辞書は欠かせないが、電子辞書を机上に準備したからといって、咄嗟に適訳が見つかるわけではない。事件の決め手となるものが日本語で「指す」ものと韓国語で「指す」ものが必ずしも一致するとはかぎらない。いやむしろ異なる場合が多いのではないだろうか。一例として著者は別の公判の事例の中で、「包丁」と「シッカル」という語彙を挙げ、著者の訳語の選択が間違っていなかったかと今でもその迷いは頭から消えることはないと言う。そして公判の通訳の中で一番怖いのは誤訳だと著者は言い切る。

語学とそれに伴う文化圏が異なる場合、ある言語を他文化に移すに際して、このようなことは避けては通れないことであるだろうし、そのことを隔靴〓痒のごとく感じているのは一番著者自身ではなかろうかと思う。

本書を一読して法廷での通訳裁判の役割を考えると、裁判を裏から支えている「法廷通訳人」の仕事は、決して脚光を浴びることもなく、労多くして功少ないように思われるが、これほど責任感を伴う仕事はないだろう。公判中には半端でない体力と集中力、そして重圧感を要求される「法廷通訳人」の仕事に改めて敬意を表したい。
この記事の中でご紹介した本
法廷通訳人 裁判所で日本語と韓国語のあいだを行き来する/
法廷通訳人 裁判所で日本語と韓国語のあいだを行き来する
著 者:丁海玉
出版社:
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