作家ロレンスは、こう生きた 書評|ジョン・ワーゼン(南雲堂)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年7月16日 / 新聞掲載日:2016年3月11日(第3131号)

作家ロレンスは、こう生きた 書評
豊富な資料による苦悩と葛藤に満ちた44年間の闘いの記録

作家ロレンスは、こう生きた
著 者:ジョン・ワーゼン
出版社:南雲堂
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文学批評界に「新批評」が登場して久しい。作品を社会的政治的背景、歴史的文脈から切り離し、作者の伝記的事実と結びつけることをせず純粋に作品そのものを論じようとする「新批評」は1940年代にJ・C・ランサムらによって提唱され、ロラン・バルトの「作者の死」の概念やテクスト論に影響を与えた。子を親から独立した存在として捉えるように、作品も作者から独立しているとみなすことにより、批評界に新たな息吹と多くの利益がもたらされたのは確かである。しかし同時に「この親にしてこの子あり」ではないが、作者の作品への影響の存在は否めず、本評伝――D・H・ロレンス研究の第一人者の一人J・ワーゼン氏によるD.H.Lawrence:  The Life of an Outsider(2005)を中林正身氏が邦訳したもの――は改めて「作者の復活」の必要性を意識化させてくれる。

ロレンスといえば未だに猥褻本として発禁処分を受けた『チャタレー卿夫人の恋人』の作者として「ポルノ作家」のイメージが残っている。また20世紀中葉には「偉大な作家」と評価されていたにもかかわらず、21世紀に入り英米では「性・人種差別主義者」と断罪される始末である。こういった負のレッテルを剥がすために、ワーゼン氏はロレンスの実生活に「率直に」迫ることによって、それが実は「謂われの無い非難」に過ぎないことを明らかにした。

本書はロレンスが生まれた1885年当時の生家付近の詳しい様子、両親の結婚そして彼の誕生を扱った章から始まる。母と恋人との狭間で苦しみ、出版社との確執に苛立ち、戦争に翻弄され、妻の不倫と自らの不倫に悩み、長期間にわたる海外生活の中で病を抱え、常に社会に批判の眼を向ける中、人間嫌いになることを余儀なくされた孤独な「永遠のアウトサイダー」ロレンス。彼は「腕時計のネジを巻いてくれないか」という言葉を残して死んでいった。最後まで生きることに執着し、「生きる」ことの意味を真摯に問い続けたロレンスの苦悩と葛藤に満ちた44年間の闘いの記録が全26章にわたって繰り広げられている。

読み始めると、微に入り細に入り、極めて詳細な情報が提供されていることに気づく。母親リディアの結婚には、「家族の食い扶持を減らそう」という彼女の決意があったという事実、父親アーサーが坑内で仕事をしている時に口が渇くのを抑えるために「よく草の茎を噛んでいた」という事実、ロレンスの収入の具体的な金額、彼の死後譚(妻フリーダとロレンスの親族との間で繰り広げられた財産分与に関する争い)等々、枚挙に遑がない。写真の扱いも見逃せない。例えば本書収録のある写真のロレンスの着ている服に対して「裏返しして」仕立て直されたものであるとの説明が付加されており、リアリティの徹底的な追求がこういったところでもなされている。

このような詳細な記述を可能にしているのは、偏に扱われている資料の多さと多様性にある。著者が作品と同程度に重要視するロレンスの書簡はもちろんのこと、評伝に従来よく使われる資料以外にも、大学や公立図書館所蔵の手書きやタイプ原稿、ひいてはノッティンガム公文書館所蔵の小学校の校長による業務日誌といったものに至るまで、実に豊富な種類の資料が用いられている。それら文献を読み尽くし整理しえた著者だからこそ、このような一大絵巻さながらの評伝が織り成せたといえる。

著者の「公平な視点」も重要な特徴として挙げられる。伝記研究者にありがちな作家の美化も見られず、例えば「自分勝手な態度」はフリーダだけではなくロレンスにも見られたと辛口なコメントを入れたり、彼女に「とても衝撃的な、耳をふさぎたくなるような言葉で」口汚く罵るロレンス像を浮かび上がらせたりもしている。

本書が研究者にとって貴重であることはいうまでもないが、同時に一般読者にとっても十分興味深く読める「語り物」になっている。時に見られる著者の「語りの介入」をはじめ、ストーリー性の重視、そして訳者中林氏の数々の工夫――著者の意を汲み取ったタイトルの邦訳「作家ロレンスは、こう生きた」をはじめとする工夫――もまた、その効果を引き出すことに成功している。これはまさに、評伝であると同時に、ノンフィクションという名のフィクションといってもよいだろう。専門家ではない一般読者にも是非お勧めしたい一冊である。(中林正身訳)
この記事の中でご紹介した本
作家ロレンスは、こう生きた/南雲堂
作家ロレンスは、こう生きた
著 者:ジョン・ワーゼン
出版社:南雲堂
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