中国歴史紀行 史跡をめぐる五万キロの旅 書評|前園 実知雄(新泉社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年7月16日 / 新聞掲載日:2016年3月11日(第3131号)

中国歴史紀行 史跡をめぐる五万キロの旅 書評
考古学者が見る過去と現在 
三つの時間軸が交錯する旅行記

中国歴史紀行 史跡をめぐる五万キロの旅
著 者:前園 実知雄
出版社:新泉社
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一年後の留学を控えて「中国を、事前にこの目で確かめておきたい」、「敦煌を訪問できる」と、四月からNHKテレビの「日中共同制作 シルクロード」が放映されていた一九八〇年の秋、初めての中国訪問となる甘粛省への旅が始まる。そして留学を終える直前の八三年八月、内蒙古自治区と二カ月前に外国人に開放されたばかりの寧夏回族自治区の旅までが綴られる。三〇数年を経て若き時代を語る日本考古学研究者の意図は那辺にあるのか、評者は興味津々となった。

留学が決まったとき定めた目標が「中国語をマスターしたいことはもちろんだが、私にとって最も大きい目当ては旅行だった」という著者の走行距離は鉄道だけでも四万八五〇〇キロを超えた。長期休暇以外の旅行が認められなかった北京語言学院から北京大学へ移ると、受講と共に各地を旅することが目的となり、一年のうちの五カ月が旅に費やされる。

ここで当時の状況に触れておきたい。一九七六年に毛沢東が死去した翌年、〓小平が三度目の復活をすると、七八年には中国共産党は革命から経済優先へとその路線を転換する。「文化大革命の無残さを物語るように、破壊された石碑の断片もまだ数多く散乱し」、「外国人の紙幣(兌換券)と中国人の紙幣(人民元)の二種類が」流通する、激しい政治闘争が終息し、世界に門戸を広げ始めた時代、訪中日本人が年間一〇万人を越えた頃である(ピーク時の二〇〇七年は約三九八万人、一四年は約二七〇万人)。

旅は「考古学の研究のための留学でありながら、実際の遺跡の発掘調査については見学すら許されな」い、「[旅行]証明証を携えていなければ旅はできない」、「一人の旅であっても必ず国際旅行社の案内役が付」くといった今とは異なる窮屈さを伴うものだったが、読者がそれを感じることはない。既に太安萬侶墓などの発掘調査に関わっていた目線からの莫高窟や雲崗石窟など史跡の描写、織り込まれる考古学的知見にわくわくし、歴史紀行の面白さを堪能させてくれる。多少なりとも中国史の知識があれば著者と一体となって興奮してしまうだろう。後半になると車中での、訪れる先々での人々との交遊も語られ、「悩める中国の実態」「中国政府の苦悩」「日本が占領した歴史」にも言及する。

時を経ても読める紀行文となっているのは著者の研究領域である遺跡、また出会う人々に対する距離の置き方にある。そうは言っても三〇年前の旅を語る著者の意図が気になる。本書は、旅が行われた一九八〇~八三年、旅が連載された二〇〇四~一二年、そして本書が編まれた昨年と、三つの時間軸を交錯させながら綴られている。「あとがき」に旅以降の今日までの中国、日本の歴史と現在が短評されていることから、この三つの時間軸に通底するメッセージを本書から読み解くことになるだろうか。「帰国後、文献を通して知る中国事情が以前とは比べ物にならないくらい良く理解できるようになったのだ。それは現代の状況だけでなく、考古学、古代史の世界においても同じで……」という語りが鍵になるかもしれない。つまり著者は時代への危機感から、学問研究への立ち位置、人との交わりに仮託して、時代を超えて存するものに時代を切り開く可能性を提示しているのであろう。この辺りは著者から直接語ってもらいたかったとも思う。
この記事の中でご紹介した本
中国歴史紀行 史跡をめぐる五万キロの旅/新泉社
中国歴史紀行 史跡をめぐる五万キロの旅
著 者:前園 実知雄
出版社:新泉社
「中国歴史紀行 史跡をめぐる五万キロの旅」は以下からご購入できます
「中国歴史紀行 史跡をめぐる五万キロの旅」出版社のホームページはこちら
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