コルテス報告書簡 書評|エルナン・コルテス(法政大学出版局)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年7月16日 / 新聞掲載日:2016年3月18日(第3134号)

コルテス報告書簡 書評
混血メキシコ誕生の残酷な歳月を綴る 
時空超えた異文化理解に貢献する労訳

コルテス報告書簡
著 者:エルナン・コルテス
出版社:法政大学出版局
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メキシコのアステカ帝国(1324~1521)がエルナン・コルテス(1485?~1547)の率いるスペイン軍部隊と、これに味方する先住民軍によって滅ぼされてから495年経つ。スペインによる往時の凄まじい「新世界インディアス」(アメリカ大陸)への進出(侵略)ぶりをコルテス自身がスペイン国王に報告するため認めた書簡集の完訳書である。航海、探検、費用の工面、アステカ帝国の栄華、戦略・戦術、戦闘、兵器としての馬の重要性、戦利品、公証人の役割、冒険者らの物欲、布教、植民、統治制度、スペイン人同士のいがみ合い、造船技術、「南の海」(太平洋)到達意欲、気候風土、先住民の心理・生活・文化などが細かく綴られた極めて読み応えのある史料である。今から5年後の2021年にはアステカ帝国崩壊500周年となるが、そんな時期に本書が刊行された意義は大きい。とりわけ米州、メキシコ、「大航海時代」などに関心を持つ読者にとっては、大部の古書を日本語で読むのを可能にした素晴らしい贈り物であると言える。一般読者も一大歴史絵巻として十分に味わうことができるだろう。

コルテスは20歳になるかならないかの1504年、スペインの前進拠点、カリブ海のイスパニョーラ島サントドミンゴに渡り、1511年キューバ島を平定、植民者として確固たる地位を築く。1518年皇帝モクテスマを戴くアステカ帝国の存在がわかると翌年、コルテスは交易のため帝国との接触を託され、1519年2月キューバ島を出航する。それから2年半後の1521年8月、コルテスはモクテスマ、クイトラワクの両皇帝が相次いで死んだ後に即位したクアウテモクを捕え、王国の中心地テノチティトゥラン(現在のメキシコ市中心部と周辺地域)を陥落させた。そこに至るまでに死闘が何度も繰り返されるがコルテスは、「スペイン国王の富を築き版図を拡げつつ、先住民をカトリックに改宗させる」という目的を大義名分として、大虐殺も憚らなかった。

新しい先住民集団と遭遇する度にコルテスは「スペイン国王にお仕えするには何を為すべきかを伝えるためにやって来た」と通訳を介して伝えていた。これを先住民が受け入れれば「スペイン国王の臣下」と認め、彼らの領地を「スペイン国王領」に組み入れ、彼らの偶像を破壊して改宗させた。歯向かえば戦って屈従させた。この驚くべき唯我独尊主義は、米国人が18世紀後半の独立から19世紀半ばのメキシコ領北半分奪取(米墨戦争)にかけて到達した宗教色の強い覇権思想「明白なる天命」(マニフェスト・デスティニー)と酷似している。実は本書のコルテス書簡の記述は、後発植民国だった英仏蘭3国や米国に大きな影響を与えた。米国人が信奉する「明白な天命」はコルテスらの人種差別主義を含む唯我独尊主義の流れを汲んでいるのだ。コルテスはまた、先住民が「夥しい数の人身御供を日常的に実行していた」とか、先住民に人肉食の習慣があったことなどにしばしば触れているが、特に誇張としか考えられない生贄(いけにえ)の描写は、アステカ帝国侵略を正当化するための方便だったのではないかと想像せざるを得ない。コルテスは万人同様、百%善人でも百%悪人でもなかった。だが勝者コルテスにたとえ「聡明さ」があったにせよ、殺戮者の誹りは免れない。「征服事業」と同じように歴史の審判も残酷なのだ。

興味深い点の一つを挙げれば、コルテスがアステカ帝国を倒した翌月、部下を「太平洋岸発見」に送り出したこと。太平洋にはバルボアが既に1513年パナマ地峡を越え到達、マゼランも1520年に南米南端の海峡を通過して太平洋に入っていたが、コルテスはボルネオ、ニューギニア両島の間にある香料諸島(モルッカ諸島)の領有と植民を志し、その意志をスペイン国王に伝えていたのだ。惜しむらくは、コルテスがグアテマラ・ホンジュラス方面遠征中の1525年2月、人質として帯同していた皇帝クアウテモクを絞首刑に処した際の記述があまりにもあっさりしていること。また地理的距離が「レグア」(1レグア=5・57km)という単位でいかにも正確そうに頻繁に記されているが、時には数百キロから千キロ以上に及ぶ距離をどのようにして測ったのか、その説明がないのも残念だ。

スペイン人と先住民の血がメキシコの地で混ざってから5世紀、現代メキシコ人の9割方はメスティーソ(混血人種)である。体内で融合しながら離反し合う「二つの血」を持つ彼らは、いかに歴史を憎もうと混ざってしまった血を否定することはできない。本書は、その混血人種国家誕生の起源を示している。外交官出身の訳者は『方丈記』など日本の古典をスペイン語に訳しており、日西両語間双方向の翻訳作業を通じて日本人とスペイン語諸国民の文化的理解の懸け橋になってきた。長い歳月をかけた本書の訳業は、時空を超えた異文化理解への新たな貢献となった。(伊藤昌輝訳)
この記事の中でご紹介した本
コルテス報告書簡/法政大学出版局
コルテス報告書簡
著 者:エルナン・コルテス
出版社:法政大学出版局
以下のオンライン書店でご購入できます
「コルテス報告書簡」出版社のホームページはこちら
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