愛国的無関心 ――「見えない他者」と物語の暴力 書評|内藤 千珠子(新曜社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年7月16日 / 新聞掲載日:2016年3月18日(第3134号)

伏字がもたらした死角 
あるはずのものを無いものとする感性を産む

愛国的無関心 ――「見えない他者」と物語の暴力
著 者:内藤 千珠子
出版社:新曜社
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ポストモダンという言葉が生まれて久しい。しかし、大きな物語は再生産されて新たな世代に浸透していく。資本主義の原理に貫かれたわかりやすくて感情に直接的に訴えてくる商品としてのメディア全般が、資本を操る主体は姿を見せず確実に人々はある方向性へ運んでいく。「愛国」はまさに口当たりの良い大きな物語として流通し始めた。

本書は帝国主義へのアンチテーゼが中核にあり、それを切り崩す方法として日本帝国主義の下で言語統制下にあった「伏字」に注目し、その後遺症ともいうべき言語的な麻痺状態を、目配りのきいた資料やネット言語、現代学文学を通して分析している。とりわけネットで流通される言語は、人々の中にある空白、そこは渇望している欲望や欲求が堆積している場であり、普段はそれが無意識層に沈殿しているからこそ空白に思えるのだが、その空隙にキャッチされ、吸収され、反復されていく。反復に過ぎないのに、受け止めた側は全く新たな世界を開陳したように錯覚し、「目覚めた」と思い、覚醒した世界を発信せずにいられなくなる。そうして反復は繰り返され、大きな物語は再生産されていく。

格差社会、大震災と原発事故、貧困、雇用の不安定、数え上げたらきりがない未来への不安。絶望感は逃げ口がなく、不満、怒り、嫉妬、コンプレックスなど不快な感触を増長させる。本書は、不快感をリセットするために、自分には批判が直接返ってこないものに対してバッシングしていく現代の様相をまず指摘する。それが愛国的な感覚に支えられたナショナリズムを根拠としていると著者は言う。

注目すべきは、愛国的な「感覚」なのだ。実体がないゆえに分析が難しく、見えないまま私たちを包み込み、ある地点へと運んでいく。戦争という言葉は日本の過去を語るものから、未来に起こりうる危機を告げる言葉と化したと本書巻頭で警鐘を鳴らし、しかも愛国的空気が、近代の帝国主義が日本語のなかに形成した無関心の回路をベースに、日本語を使用する人々の無意識を呪縛していると指摘する。愛国的な感覚は無関心と対になっているのだ。

愛国と無関心、この一見して異種の組み合わせが結び付いたのはなぜか。ルーツは近代日本の検閲システムである「伏字」にあるという。○や×を文章に含ませ、禁じられている言葉を見えなくさせたのが伏字システムである。日本が帝国として近代国家を形成していく中で言論統制をはかっていくが、そこにあることを意識させ、しかし見えないようにさせられていることを明示する伏字システムは、もとは官憲への抵抗として生まれたものであった。空白を復元したい欲望を引き起こす一方で、その空白に該当する内容を知っているという暗黙の了解があった伏字が、あるはずのものを、無いものとして扱う感性を産みだし、やがて見たくないもの、知らなくて済むものは見ないで避ける一連の流れを許し始めた。

占領期の連合軍総司令部の検閲では、伏字は禁じられた。言葉を消去し、あったことすら気づかせなくする。帝国主義の抵抗として生まれた伏字は、ここでドラスチックに変化を遂げたと本書は語る。

一九一〇年代から現在という一〇〇年間の射程に収められるメディアの言語、小説テクスト、映画を駆使して解き明かしていく中で、最も興味深かったのが佐藤(田村)俊子の『カリフォルニア物語』と林芙美子『市立女学校』の分析である。両作品を存在するはずのものを無視してよしとする感性を批判的に問い返し、異和や疑問を駆り立てる作品として評価している。女性も存在しながら、ないものとして居つづけさせられている。この言葉が信じられないならば、それは伏字がもたらした死角にはまっている証左であろう。
この記事の中でご紹介した本
愛国的無関心 ――「見えない他者」と物語の暴力/新曜社
愛国的無関心 ――「見えない他者」と物語の暴力
著 者:内藤 千珠子
出版社:新曜社
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「愛国的無関心 ――「見えない他者」と物語の暴力」出版社のホームページはこちら
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