無戸籍の日本人 書評|井戸 まさえ(集英社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年7月16日 / 新聞掲載日:2016年3月18日(第3134号)

無戸籍の日本人 書評
日本人が隠してきたタブー 
過酷な現状への理解が深まらない限り救い上げることはできない

無戸籍の日本人
著 者:井戸 まさえ
出版社:集英社
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無戸籍の日本人(井戸 まさえ)集英社
無戸籍の日本人
井戸 まさえ
集英社
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最初に「無戸籍児」の存在を知ったのは、二〇〇六年十二月末、毎日新聞の社会面に大きく取りあげられたある女性の記事だった。

当時の記事によると、その女性は二〇〇二年に前夫と離婚後、再婚した相手と男児を授かった。だが、市役所に出生届を提出したところ、「前夫を父とする出生届を提出するように」と連絡を受け、初めて民法の規定を知らされた。民法七七二条では〈離婚後三〇〇日以内に生まれた子は、前夫の子と推定する〉と規定されているため、離婚後二六五日で生まれた男児は「現夫の子」と認められず、夫婦の戸籍に記載されない。一年がかりで認知調停を起こし、裁判を経て、ようやく我が子を戸籍に登録することができたのだった。

その後、女性は無戸籍児の問題と深く関わっていく。NPO法人「親子法改正研究会」、「民法七七二条による無戸籍児家族の会」を設立。十三年におよぶ支援活動で一〇〇〇人以上の無戸籍者と出会い、一人一人の顔を思い浮かべながら書きあげたというのが本書である。

そもそも「無戸籍」となる背景にはどんな事情があるのか。一つは著者自身も体験したように、民法七七二条の摘出推定、いわゆる「離婚後三〇〇日問題」などの法律が壁となり、離婚後もしくは婚姻中に妊娠・出産した子が、法律的に推定される父の子となるのを避けるために出生届を出さないケースだ。

さらには、親の住居が定まらない、貧困などの事情により、子どもを出産しても出生届を出すことまで意識が至らないか、意図的に登録を避けるケース。ほとんどの家庭では養育環境が整わず、日常的に児童虐待が行われていることもあるという。

戸籍がなければ基本的に住民票もできないので、義務教育を受けることが難しく、健康保険証もないため医療費はすべて自己負担となる。成人になっても選挙権がなく、銀行口座を作ることや携帯電話の契約もできない。何より身分証明書が一切ないために就労は困難を極め、結婚、出産にも支障をきたすのだ。

こうした「無戸籍者」は全国でどのくらいいるのだろう。それは完全には把握されておらず、一万人以上とも推計されるが、実態は闇に埋もれているのが現状。さまざまな困難と対峙する人からの電話相談や面談を無償で受けてきた著者は、さらなる厳しい現実とも向き合わざるをえなかった。

母親が無戸籍だったため自分も無戸籍児となり、身元を偽ってホストとして働き続ける男性。夫からの家庭内暴力(DV)を逃れても三〇数年離婚できず、別居後に生まれた娘は無戸籍児となって学校へ行けないまま三二年間生きてきたケース。両親が出産費用を払えなかったので出生証明書がなく、戸籍のないまま育った女性は愛する人の子を身ごもっても母子手帳をもらえず途方に暮れていた。

誰にも言えぬ苦悩を抱える無戸籍者とその家族を支援する著者は、自身も五児の母でありながら、政治の世界に入って民法の改正運動にも取り組んできた。新聞、テレビなどメディアで取りあげられる中で無戸籍問題への関心は高まっていく。昨年十二月には、離婚後二二一日で生まれた子が無戸籍となったことから民法の違憲性を問う女性の提訴に対し、最高裁は〈一〇〇日を超えて再婚を禁じるのは過剰な制約で違憲〉とする初判断を示した。

それでも「現行の制度化では、無戸籍の人は救われない」と著者は憂える。無戸籍問題の根底には、「性」「出自」「貧困」「搾取」「犯罪」など、日本人が「タブー」として秘め、隠してきたものがあり、本来なら当たり前に行われるべき救済措置や保障されるべき人権からも切り離されてきた。その過酷な現状への理解が深まらない限り、法律の壁に弾き飛ばされた人々を救い上げることはできないと。

そして著者がさらに願うのは、無戸籍問題のみならず「法の狭間に落ち、苦しんでいる全ての人々に光を当てる」こと。ひと筋の光が読む者の心にも届く労作である。
この記事の中でご紹介した本
無戸籍の日本人/集英社
無戸籍の日本人
著 者:井戸 まさえ
出版社:集英社
以下のオンライン書店でご購入できます
「無戸籍の日本人」出版社のホームページはこちら
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