いのちを〝つくって〟もいいですか? 生命科学のジレンマを考える哲学講義 書評|島薗 進(NHK出版)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年7月18日 / 新聞掲載日:2016年3月25日(第3135号)

「つながりのなかのいのち」も「個としてのいのち」も

いのちを〝つくって〟もいいですか? 生命科学のジレンマを考える哲学講義
著 者:島薗 進
出版社:NHK出版
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毎年春先になると、医療テクノロジーのありがたさを強く感じる。評者が子どものころ、いまでいう花粉症に苦しみ始めたときには、ほとんど手だてはなかった。しかし現在では、点鼻薬と内服薬で症状のほとんどをコントロールすることができている。

しかし一方で、誕生や死の過程に深く介入する医療テクノロジーについて知るたびに、単なる違和感を越えた問題意識を抱き続けている。古くは脳死、体外受精、クローン、ES細胞、そして一見大きな問題はなさそうなiPS細胞。近年では、流産のリスクなく胎児の障害を調べる「新型出生前診断」。次世代にも伝わるかたちで遺伝子を改変する「生殖細胞系ゲノム編集」。残念な結果に終わってしまった「STAP細胞」も、もし本当に成功したものであれば、大きな生命倫理的な議論を呼び起こすはずのものであった。

本書を手に取ったとき、親しみやすい題名と装丁、そして薄さから、生命倫理に造詣が深い宗教学者・島薗進による生命倫理の入門書なのだろう、と思った。その予想は半分当たったが、半分外れた。いい意味で、である。

島薗は出生前診断、再生医療、エンハンスメント(能力強化)などを例に挙げてはいるが、個々のテクノロジーを詳細に紹介してその是非を論じていく、という方法論は取らない。それらを総合して導かれるであろう、「技術的に可能なら、人工的に“人のいのち”をつくり変えてもよい?」という大きな問いを立てて、それを考えるためのヒントを読者に提供する。

一般向けに書かれた生命倫理の啓蒙書では、科学や哲学の論文や書籍だけでなく、文学作品が引用されることが多い。なかでもよく引用されるのが、オルダス・ハクスリーのディストピア小説『すばらしい新世界』であろう。評者もしばしば引用する傑作だが、本書でも引用されており、重要な議論の導きとなっている。だが本書で興味深いのは、深沢七郎の『楢山節考』が始めと終わりに引用され、考察の突破口となっていることである。いうまでもなく、口減らしのために老人を山に捨てる因習「姥捨て」が描かれた小説である。

また、生命倫理を論じた本では、キリスト教思想に言及することが多いが、仏教思想にも言及していることもまた、宗教学者・島薗による本書の大きな特徴であるといえる。

島薗は、これまでの生命科学や生命倫理をめぐる議論では、「“人のいのち”をつくり変えること」に肯定的な論者も否定的な論者も、「いのち」を「個としてのいのち」とみなす傾向があることに注意を促す。しかし、キリスト教にも深くかかわる西洋文化圏から出てきたそうした議論は、日本など非西洋文化圏ではなじみにくく、むしろ「つながりのなかのいのち」という観点もありうることを、島薗は指摘する。

ところが島園は単純に前者を否定して、後者を肯定しているわけではない。『楢山節考』には、自ら山に登ったおりんと、村の掟を破ってまでおりんに会おうとした辰平との「個と個の魂のふれあい」が描かれている。おりんの悲しみと慈しみは「つながりのなかのいのち」も「個としてのいのち」も互いに不可分であることを示している、と島薗は分析する。「この物語は、限りあるいのちの自覚を通して、人は「つながりのなかのいのち」の自覚と「個としてのいのち」の自覚の、双方を深めていくものだということを教えているようにも思えます」(二三〇頁)。

島薗の考えはある意味では楽観的だ。生命倫理に対する考え方には、文化や歴史的経験による違いが確かにあるが、「深い次元まで降りていけば共通の地盤が見えてくる」(同前)。

本書は学術書ではないので、「“人のいのち”をつくり変えること」について関心を持つ人であれば、予備知識の有無にかかわらず読んでほしい。評者は島薗の原発事故に関する発言にはあまり賛同できないこともあるのだが、本書の後半で、宗教、とくに仏教に踏み込んだ議論は貴重なものだと考えている。ぜひもっと重厚な本で再論してほしい。
この記事の中でご紹介した本
いのちを〝つくって〟もいいですか? 生命科学のジレンマを考える哲学講義/NHK出版
いのちを〝つくって〟もいいですか? 生命科学のジレンマを考える哲学講義
著 者:島薗 進
出版社:NHK出版
以下のオンライン書店でご購入できます
「いのちを〝つくって〟もいいですか? 生命科学のジレンマを考える哲学講義」出版社のホームページはこちら
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