色覚差別と語りづらさの社会学 エピファニーと声と耳 書評|徳川 直人(生活書院)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年7月18日 / 新聞掲載日:2016年3月25日(第3135号)

ユニークで見事な論考 
色覚差別のかつてと今を社会学的に質的に解読

色覚差別と語りづらさの社会学 エピファニーと声と耳
著 者:徳川 直人
出版社:生活書院
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またユニークな作品と出会えた。本書を読み、私は自分自身も色覚差別という色覚多数者にとってあまりにも「あたりまえ」の現実に無自覚に浸って生きてきたことを思い知らされた。と同時に小学校の頃の記憶が蘇ってきた。記憶というよりむしろあまりにも些細でほとんど忘れ去ってしまっていた過去の断片的情景が思い起こされたといったほうが正確だろう。小学校の身体検査、視力測定の後、赤や緑の細かい球でできた円形図を見せられ、そこに見える数字を答えたり、同じ色でできた流れを指でたどっていた自分の姿だ。見えたとおりの数字を答え、見えた通りに指でたどると医者が「はい次」とだけ言っておしまいだった。それ以上何の説明もなかった。その頃から急速に視力が低下し始めていた私にとって、視力検査はうっとうしいものだった。前の子が答える中身を必死で覚えて、さも視力があるかのように「検査」をやりすごそうとした記憶のほうはしっかりと残っている。ただ本書を読めば、思い起こした情景こそ、普段の色の見え方、色の理解の仕方に圧倒的な序列を与える「検査」という制度的権力行使であり、色覚多数者にとって自分たちと同じ色覚をもつ人間を確認し評価を与え、そうではない色覚を持つ少数者を貶しめ、「例外」としてくくりだす差別的な選別の医療実践であったことがわかるだろう。

さていまはこうした情景は小学校では見かけない。制度的な権力行使が終了し、色覚差別はなくなったのだろうか。まったくそうではないと本書が説得的に論じている。そもそも色覚をめぐり人々が語ったり思いを寄せたりしなくなった現状がある。つまり「非言及」と「無顧慮」という現状のなかに色覚少数者の「名状しがたい生きづらさ」がしっかりと息づいているのだ。社会学の相互行為論、差別論、社会問題の構築主義的な発想、エスノメソドロジーや障害学の成果など幅広い社会学的知を駆使し、色覚と世の中をめぐるエッセーやかつての色覚検査表とその解説に仕組まれている実践的推論やレトリックを一つ一つ取り出し、そこに孕まれている問題性を著者は丁寧に語りだしていく。「読み書きのワーク」と呼ぶ著者の営みは興味深い。本によっては、そこに盛られた論理や主張が透けてみえ、細かい言葉や表現に過剰に意味を持たせることなく、一気に読み飛ばすことができるものがある。しかし本書はそうした性急さをいっさい許そうとしない。著者がどのように「読み書きのワーク」を進めていくのか、その行程を同じ速度で追体験しながら、ゆっくりと読み進めていくことになる。著者の推論にすぐに納得できる場合もあるし、なぜこのように語るのだろうかと、ひとしきり立ちどまってワークを味わいなおすこともある。著者自身の色覚少数者としての体験語りやその解釈をまじえながら、なぜ、どのようにして「非言及」と「無顧慮」が世の中をおおってしまっているのかを語る。本書は色覚差別のかつてと今を社会学的に質的に解読する見事な論考である。しかし同時に著者自身が自らの体験の意味を反芻し、それを自らの腑に落としていく自分史的な語りともいえるだろう。「これを書いて私はやっと、幼少期の記憶に焼き付いている検査表の模様と、出まかせで答えたときの担任の先生の『どこ見とるん』という言葉を、いわば飲み込むことができました。得心し和解できるという意味ではありません。……いろいろな体験、感情、意見のどれにも生活史があり、社会的な背景がある。その話を、どれも歴史の大事な証言として、個々人の生に物語として、少しはましな耳で聞けるのではないかと、いまは感じています」という著者の言葉には分厚い意味がある。聞く耳をもつ社会はどのように築けるのだろうか。「色覚問題を生きた・生きている人々の民衆史・現代史」「経験の同時代史」を著者が次にどう語りだすのか。ぜひ読んでみたい。
この記事の中でご紹介した本
色覚差別と語りづらさの社会学 エピファニーと声と耳/生活書院
色覚差別と語りづらさの社会学 エピファニーと声と耳
著 者:徳川 直人
出版社:生活書院
以下のオンライン書店でご購入できます
「色覚差別と語りづらさの社会学 エピファニーと声と耳」出版社のホームページはこちら
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