絶筆 書評|野坂 昭如(新潮社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年7月18日 / 新聞掲載日:2016年3月25日(第3135号)

絶筆 書評
真実の顔、真摯な心 
死の当日に書かれた遺書的、予言的一文に震え上がる

絶筆
著 者:野坂 昭如
出版社:新潮社
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絶筆(野坂 昭如)新潮社
絶筆
野坂 昭如
新潮社
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野坂昭如が昨年(二〇一五年)十二月九日、心不全のため命を閉じた。八十五歳だった。多くの読者には突然の死に映ったかもしれない。だが、昨年の夏の終わりから秋にかけて誤嚥性肺炎をこじらせ一時危篤状態に陥ったとも聞いていたから、私は「ついに」「とうとう……」といった思いであった。

『絶筆』は、その死の翌月、今年の一月に刊行された。実にタイムリーな本である。二〇〇三年五月、脳梗塞で倒れて以降、野坂はマスコミと距離を置き、リハビリに励みながら、暘子夫人の口述筆記でエッセイ、日記、往復書簡などの連載を続けていた。本書はその一つ、死の直前(数時間前)まで綴られていた「新潮45」に連載の『だまし庵日記』を基にして纏められている。この日記の間には闘病中に書かれた小説風日記やエッセイも挟まれていて、読者としては息抜きができて楽しい。

『だまし庵日記』は二〇〇七年から九年間連載されて、その内容は、この間の政治、経済、社会情勢は当然のことながら、その時どきの四季の移ろい、天候、食事のメニュー、体調の変化にも触れ、過去の思い出や未来への不安にまで幅広く及んでいる。この時期、東日本に巨大地震が発生し、東電福島第一原発で大事故も起きている。

ところで、野坂昭如のマスコミ登場は一九六〇年を少し過ぎたあたりからである。以後、野坂はマスコミと共に生きた。あるときは「プレイボーイの面汚し」「テレビの寄生虫」と顰蹙を買い、一九六八年、直木賞受賞の頃には「サルトルに迫る」「西鶴の再来」と賞讃もされた。

小説家として認識され、「人気作家・流行作家」と呼ばれるようになってからも、歌手デビューし、キックボクシングを始め、ラグビーチームを結成、「四畳半」裁判を被告人として闘い、一九八三年には参院の議席を捨て、衆院に出馬、田中角栄に挑戦し落選。歌手としては「中年御三家」と称して武道館を満員にもした。

平成になっても、酔って大島渚や「とんねるず」の石橋を殴るなど話題を提供し続けた。マスコミの注目度ダントツの存在でありながら野坂は作家として大量の作品も書いた。六十五歳を越えてからも吉川英治文学賞、泉鏡花賞、安吾賞を受賞している。

野坂昭如とは何者なのか。何を考えているのか。謎に包まれたまま逝ってしまった感がある。私は四十数年間、編集者として野坂担当を務め、週刊誌の連載を数年間続けたし、何本もの単発原稿も依頼し、単行本も十数冊係わっている。それなのに野坂の本音はカクめなかった。それは他の担当者も同じだと思う。

だが、この『絶筆』には、野坂昭如の真実の顔が、真摯な心が随所に現れている気がする。野坂昭如の「正体」とは何であったのか、見えてくるかもしれない。

本書の最後の一行、死の当日に書かれた遺書的、予言的一文は、私を震え上がらせた。「この国に、戦前がひたひたと迫っていることは確かだろう」
この記事の中でご紹介した本
絶筆/新潮社
絶筆
著 者:野坂 昭如
出版社:新潮社
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