生の岸辺  伊福部昭の風景 書評|柴橋 伴夫(藤田印刷エクセレントブックス)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年7月18日 / 新聞掲載日:2016年3月25日(第3135号)

生の岸辺  伊福部昭の風景 書評
生身の伊福部昭への関心 
作曲家がたどり、生きた場の背景が浮かぶ

生の岸辺  伊福部昭の風景
著 者:柴橋 伴夫
出版社:藤田印刷エクセレントブックス
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ひとりの人物について書こうとしたとき、何を書くのか、何が書けるのか、どう書くのか、を自問しない筆者はいない。本書の著者は作曲家・伊福部昭を考えたとき、これまで執筆され発表されてきた伊福部昭論とは似ていながら、異なったものを志向した。それは、自らが住み、しごとをしている北海道でこの作曲家の形成期を存分にたどること、この土地の風土を自らの身体感覚をもって記述することだった。

著者はこう記す。「私は、つねづね足で資料集めをしなければならないと、自分に言い聞かせている。可能な限り、その芸術家が生活した現場に身を置いている。ちょうど考古学者が、かならず発掘現場の地層の時代測定をしなければ、発掘品の価値を確定できないように…。現場に立ち、「テロワール」の地層を探り、特質をしっかりと吟味しなければならない。」こうした姿勢は全篇にわたって守られ、読み手は著者とともにふつうは名しか知らない、あるいは滅多なことでは名を目にすることもないさまざまな土地の表情に、著者のことばをとおして、また添えられた写真をとおしてふれることができる。そしてその場その場に筆者が立ち、おもいおこすことどもに寄り添って、伊福部昭のたどった道をも想像的に重ねることになる。

とはいえ、著者はまた、伊福部昭が北海道で生まれ育っているにもかかわらず、作曲家のおもいがこの北の土地だけではないことに気づかざるをえなかった。先の「考古学者」のような姿勢を貫くためには、さらにべつのところへと足を運ばなければならない。こうして、本書は、北からではなく、ずっと離れた土地から始まることになる。

「私は、この「生の岸辺」をたどる旅を、この音楽家の生地たる釧路から始めなかった。まず先祖達の遺伝子(歴史・文化風土)が臨在する旧・稲葉国を訪れた。なぜそうしたか。というのも伊福部昭(伊福部家もふくめて)は終生にわたって先祖達の霊が臨在する宇部神社(鳥取)を「魂の故郷」としていたからである。」(まえがき)

全十五章のうち半分ちかくが北海道での伊福部昭の形成期にあてられ、時系列的に記述される。そしてその後はかならずしも時系列をとることなく、テーマ性が前面にあらわれる。第二次世界大戦とその後、伊福部昭における映画と音楽のつながり、音楽教育者としての姿勢、そして歌曲、肖像、美学が章ごとにあてられる。

いわゆる作曲家論ではない。著者の関心は、伊福部昭の音楽作品そのものというより、生みだされた作品とともにある生身の伊福部昭にある。たとえひとつの作品が生まれる経緯をたどっても、作品の組成には踏みこむことはない。また、伊福部昭をめぐって書かれていながら、この作曲家とつながりのあった人たちが何人も大きくクローズアップされるのも特徴だ。この作曲家をとりあげる際には必要不可欠な友人として三浦淳史の、早坂文雄の名が引かれる。そしてさらに船山馨、佐藤忠良についてもかなりの紹介がなされる。あるいは石井漠、チェレプニン、江文也といった人たちも。ともすれば脱線とみられるかもしれない。だが、著者にとってこうしたつながりこそが、作曲家の「生の岸辺」をかたちづくっているものだった。それは個々の作品の作曲過程や初演について以上に、伊福部昭の「生」と結びついていた。

本書は、従来の伊福部昭論とあわせて読まれることで、作曲家がたどり、また生きた場の背景をよりくっきりと浮かびあがらせる意味を持つ。

気になったのは、ところどころ独自の解釈で用いられている現代思想の用語である。ときにはそうした語が独自すぎてしまうことがないではない。フーコーの「知の考古学」が、ドゥルーズ=ガタリの「リゾーム」が、アウラがでてきてもいい。いいのだけれど「構造主義の哲学者G・ドゥルーズ」とあっては鼻白む。それは本書副題として「風景」と「パサージュ」を重ねて用いているところにも見いだされよう。余計なことかもしれないけれども、こうしたちょっとしたところから書架にあげた手をおろしてしまう可能性もあるだけに、一言加えておきたい。
この記事の中でご紹介した本
生の岸辺  伊福部昭の風景/藤田印刷エクセレントブックス
生の岸辺  伊福部昭の風景
著 者:柴橋 伴夫
出版社:藤田印刷エクセレントブックス
以下のオンライン書店でご購入できます
「生の岸辺  伊福部昭の風景」出版社のホームページはこちら
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