J・M・G・ル・クレジオ単独インタビュー 作家に今何ができるか|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年7月26日 / 新聞掲載日:2016年1月15日(第3123号)

J・M・G・ル・クレジオ単独インタビュー
作家に今何ができるか

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『調書』『大洪水』『砂漠』『黄金探索者』といった作品で知られる、ノーベル文学賞受賞作家J・M・G・ル・クレジオ氏が、昨年末、五度目の来日を果し、十二月二十日、東京大学・本郷キャンパスで講演(「青春を書く 老年を書く」)を行なった。東大で講演を開くのは、二〇〇九年、二〇一三年につづいて三度目となる。聞き手は、最新刊『嵐』(作品社)の翻訳を担当した中地義和氏(東京大学教授)が務めた。自身の幼少期を振り返りながら、創作の源泉となった経験について語り、『嵐』に関しては、その着想から登場人物の造形にいたるまで詳しく言及した。この講演の模様をレポートする。1面では、ル・クレジオ氏への単独インタビューを掲載する。(編集部)


※この特集記事は2016年1月15日発行の紙面に掲載された記事です。
第1回
EUでもっと難民を受け入れるべき

ル・クレジオ氏
――文学の話からおうかがいします。ル・クレジオさんは、いわゆるヌーボーロマン以降にデビューされて、少しヌーボーロマンとは距離を置きつつ創作を続けて来られました。クロード・シモンら先行するフランスのヌーボーロマンの作家の文学的営為については、どう受け止めておられますか。
ル・クレジオ 
 私の前の世代ですから、彼らのしたことに対しては多大な敬意を抱いています。彼らは小説を書く技術の中に、それ以前にはなかったような内面的な次元を与えることができました。彼らの小説はストーリーを語るものではない。登場人物も存在しません。そしてまた、現実を描写する小説でもありません。ひたすら自分の内部を見つける、内省的な作品です。彼らは「垂直の旅」という言い方をしていましたが、自分自身の中に、垂直に旅をしていく作品です。それらを私は高く評価しています。彼らが書くように私は書くことはできませんでした。彼らのことを評価するのと同時に、ヌーボーロマンの人々の父や兄にあたるようなイギリスの小説家、たとえばジェイムズ・ジョイスやサミュエル・ベケットに対して私は大きな敬意を抱いています。ジョイスやベケットも、同じように心の中での動きを書いていて、ストーリーを語るよりも、心の中の内面的な動きを重視していました。ただ、私自身はそのように書くという欲求を感じませんでした。 
――ル・クレジオさんの評論集『メキシコの夢』にレヴィ=ストロースさんが推薦文を寄せられています。レヴィ=ストロースはル・クレジオさんにとってはどのような存在だったのでしょうか。
ル・クレジオ 
 レヴィ=ストロースの最も優れたところは、文化が相対的なものであるということ、絶対的な文化が存在しないということを明らかにしたことだと思います。彼の考えによれば、文化とは民族とその民族が持つ伝説的な歴史の一致です。私はこの考え方がとても好きです。文化には複数のモデルが可能であって、唯一のモデルだけが存在するのではないという考え方です。このようなビジョンは現代という時代に不可欠なのではないでしょうか。十九世紀に信じられていたように、ひとつの文化だけが必要だと信じ続けるならば、それは戦争や対決に繋がります。平和に到達する唯一のやり方は文化間の交流を可能にすることだけだからです。豊かなものと貧しいもの、多数派であるものと少数派であるもの。文字を持っていて、書かれた歴史を持っているもの。文字を持たず、しかし伝説的な歴史は持っている文化。それらすべてが人あずか間のありようの形成に与っているのです。 
――先ほどの講演の中でパトリック・モディアノさんについて触れられました。現代のフランスの小説家で、ル・クレジオさんが評価されている方はいらっしゃいますか。
ル・クレジオ 
 若い人たちの書いている文学、特に女流作家が書いている現代文学に興味があります。何かフランス文学にはなかったものを、女流作家たちがもたらしてくれていると思います。女流作家、マリー・ンディアイ、マリー・ダリューセック、マリー・ニミエです。なぜ「マリー」という名前の人ばかり選んでいるのかちょっとわかりませんけれども(笑)。また文学において、フランス本国以外のところ出身の人々が書いているものを評価しています。アンティル諸島のパトリック・シャモワゾー。それからアフリカ大陸からは、コンゴの作家でフランス語で書くン・ソンデという人、ファーストネームが思い出せないんですが ミドルネームはサルトルという人。それからアラン・マバンクーです。彼らはフランス語に新たな次元をもたらしてくれていると思います。フランス語に新たな次元をもたらし、新しい力、新しい血を輸入させているのは、こうした外国系の作家です。ですから、まずは女流作家たち。そしてフランス以外の場所出身のフランス語表現の作家たちに関心を持っています。 
――これも先ほどの講演で、宗教が排除のひとつの要因となるというお話をされました。フランスには共和国の理念として「ライシテ(政教分離)」という政策があります。その政策の一方で、フランス人口の九パーセントを超える存在となったイスラム教徒が現在問題になりつつあります。ライシテとイスラム教徒、このふたつはどうすれば共存可能になるとお考えになりますか。
ル・クレジオ 
 その中にキリスト教徒との共存も入れるべきではないでしょうか。カトリックの人々がライシテに反対している部分もありますから。私にとっては、教育や国家が宗教に対して中立であることを確立することは不可欠だと思います。もちろん容易なわけではありません。今考えるのは、ライシテにもう少し寛容性を持たせるべきではないかということです。すなわち重要なのは、学校にいって授業を受けることであって、その時にイスラム教のスカーフを付けているか付けていないかということは二次的な問題だと思うからです。ライシテにおいてもう少し柔軟性を持つべきではないか。すなわち宗教の外的な記号を身に付けていたとしても、それはドラマティックな問題ではありません。子ども時代を思い出すと、私は公立の共和国の学校に通っていましたけれども、学校の中にカトリックの礼拝堂があって、聖体拝領の時には、一部の生徒たちは別の宗教の記号を身に付けたまま、礼拝堂の外を歩き回っていました。それに対して誰も何も言いませんでした。ですから、ライシテにおいてより寛大であるべきなのではないでしょうか。教育という面では、確固たる態度を取るべきですけれども、他者の受け入れという点において、より寛大であるべきだと思います。 
――今の問題と少し関連しますが、フランスでは現在、カレー市のシリア人難民キャンプが「ジャングル」と呼ばれ、大きな社会問題になっていると聞きます。移民との共生は、フランスのみならず、ヨーロッパ全体が直面している問題でもあります。これに対しては、どのような解決策があるとお考えになりますか。
ル・クレジオ 
 もちろん提案があります。それはもっと難民を受け入れるべきだという提案です。東洋や日本の状況はわかりませんけれども、欧州連合全体で世界の難民のわずか十パーセントしか受け入れていません。そのたった十パーセントを受け入れるにしても、ヨーロッパの中で各国がとやかく言っているわけです。その欧州連合で世界の難民の二十パーセント、三十パーセントを受け入れるようになれば、かなりの問題解決になるのではないでしょうか。
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この記事の中でご紹介した本
嵐/作品社
著 者:J・M・G・ル・クレジオ
出版社:作品社
以下のオンライン書店でご購入できます
隔離の島/筑摩書房
隔離の島
著 者:J・M・G・ル・クレジオ
翻訳者:中地 義和
出版社:筑摩書房
以下のオンライン書店でご購入できます
はじまりの時/原書房
はじまりの時
著 者:J・M・G・ル・クレジオ
出版社:原書房
以下のオンライン書店でご購入できます
砂漠/河出書房新社
砂漠
著 者:J・M・G・ル・クレジオ
出版社:河出書房新社
以下のオンライン書店でご購入できます
「砂漠」出版社のホームページはこちら
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