現代中東の難民とその生存基盤 難民ホスト国ヨルダンの都市・イスラーム・NGO 書評|佐藤 麻理絵(ナカニシヤ出版)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年7月14日 / 新聞掲載日:2018年7月13日(第3247号)

現代中東の難民とその生存基盤 難民ホスト国ヨルダンの都市・イスラーム・NGO 書評
全体像を理解するために 
最大規模の難民問題を考察

現代中東の難民とその生存基盤 難民ホスト国ヨルダンの都市・イスラーム・NGO
著 者:佐藤 麻理絵
出版社:ナカニシヤ出版
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2015年にヨーロッパ諸国は「難民危機」に慌てふためいた。移民排斥運動も高まった。一年間で約100万人が押し寄せたためである。その数年前からの増加分も合わせての反応だろうが、EU加盟国の総人口5億人超に対しての難民流入の規模を客観的に見ておく必要がある。この人数は同年の日本への難民申請が約7500人(翌年に1万人突破)だったことと比較すると、桁違いに多い。さらに難民認定数は20人前後で推移しており、日本がほとんど難民鎖国状態であることから見れば、一年で100万人はたしかに危機感を抱くに十分な規模であろう。

しかし、パレスチナとイラクとシリアに隣接するヨルダンの状況は、難民危機を叫んだヨーロッパとは異次元の難民流入状況である。そもそもイスラエル建国の第一次中東戦争および1967年の第三次中東戦争によって発生したパレスチナ難民が人口の過半数を占めていたヨルダンに、イラク戦争(2003年~)とシリア内戦(2011年~)によって大量の難民がさらに流入していった。全体の人口増加が激しいので現時点での正確な統計数値は難しいが、ヨルダンの総人口900万人ほどのうち、パレスチナ出身者とその子孫が約550万人という推計がある。ヨルダン「国民」の実に過半数がパレスチナ人であるという異常な状況があった(西岸地区をヨルダンが領有していた経緯からヨルダン国籍を有する)。そこにイラク難民が50万人以上、シリア難民が60万人以上流入したのだ。経済基盤にしても、ヨルダンが先進国連合のEUとは比較にならないほど弱いことは言うまでもない。ヨーロッパが「危機」と言うなら、ヨルダンはそれどころではない。

著者は、このヨルダンの状況をたんに特殊事例とみなしているのではない。というのも、第一に、世界で最も多い難民はパレスチナ難民とシリア難民なのであり、その最大の受け入れ国もまた周辺中東諸国なのであるからだ。最大規模の難民問題を考察することは、研究調査の必要性も最も高くてしかるべきである。しかし、それだけではない。

パレスチナの難民発生とヨルダンの受け入れ形態を考察することは、ヨーロッパが植民地支配を経て持ち込んだ近代「国民国家」の「擬制性」を根本から問い直すことになる、と著者は指摘する。イギリスとフランスによるオスマン帝国の分割統治がヨルダンを成立させ、ヨーロッパのユダヤ人迫害がイスラエルを建国させた。他方で中東地域には、こうしたヨーロッパ的主権国家とは異なる、イスラームの信仰共同体「ウンマ」の概念があり、さらにヨーロッパとは異なる気候風土として沙漠(熱帯乾燥域)のオアシス周辺での都市形成があり、そのあいだでの「自由なヒト、カネ、モノの移動」があった。そうした宗教と環境と経済の歴史があるところに、それとは原理のまったく異なる近代国民国家が持ち込まれ、その矛盾の帰結として難民が発生したのだ。著者の考察は、沙漠の都市型社会における難民の生存基盤と、イスラーム的な慈善活動としての難民受け入れとに向かう。難民問題の総合的な考察に強い意欲を感じさせる。

とりわけ、難民の出身地域がイスラエルに領土とされるかまたは軍事占領されているパレスチナ難民については、対イスラエルの政治課題になるため、通常の「難民保護」の枠組みに沿わず、多くの中東諸国が難民条約を批准していない。加えてシリア難民さえも長期化を予想し、ヨルダンは雇用による経済開発アプローチに転換したという。難民条約を批准しないからといって難民を無視しているわけではない。むしろ政治・経済・文化の実態に向き合った現実的な対処であると言えるだろう。

ヨーロッパの難民危機を「コップの中の嵐」とまでは言わないし、難民鎖国の日本からそういう指摘をする資格はないだろう。だが、ヨーロッパの反応ばかりが衝撃としてメディアで伝えられる状況を鑑みるに、現実世界の難民問題の全体像理解にはほど遠い。私たちはもっと中東地域そのものの難民の状況に目を向けるべきだろう。本書はその重要な一助となるに違いない。
この記事の中でご紹介した本
現代中東の難民とその生存基盤  難民ホスト国ヨルダンの都市・イスラーム・NGO/ナカニシヤ出版
現代中東の難民とその生存基盤 難民ホスト国ヨルダンの都市・イスラーム・NGO
著 者:佐藤 麻理絵
出版社:ナカニシヤ出版
以下のオンライン書店でご購入できます
「現代中東の難民とその生存基盤 難民ホスト国ヨルダンの都市・イスラーム・NGO」出版社のホームページはこちら
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