アメリカのナボコフ ――塗りかえられた自画像 書評|秋草 俊一郎(慶應義塾大学出版会)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年7月14日 / 新聞掲載日:2018年7月13日(第3247号)

アメリカのナボコフ ――塗りかえられた自画像 書評
人間ナボコフの姿を浮き彫りに 
小説へのもう一つのアプローチを示す

アメリカのナボコフ ――塗りかえられた自画像
著 者:秋草 俊一郎
出版社:慶應義塾大学出版会
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「本書で、私はナボコフの小説・・・・・・・をほとんど読んでいない。その点で本書は、前著と著しい対照をなしている――前著で私はほとんどナボコフの小説を読むことしかしていないからだ。」 著者自ら本書を、その前著(『ナボコフ 訳すのは「私」――自己翻訳がひらくテクスト』(東京大学出版会、2011))に引き比べつつ、小説作品に言及しない、小説家についての本と規定する。

かの『ロリータ』(1955)の作者にして鱗翅類の研究者であるナボコフは、しばしば知的かつ美的精神の権化とみなされるが、筆者は膨大な資料の調査にもとづいて、人間ナボコフの姿を浮き彫りにしていく。この小説家には、純粋で孤高な芸術家の仮面の下に、人に嫉妬し、人を値踏みし、自身の成功のために人を利用することも厭わないような人間臭い面が隠されていることがわかってくる。

全6章のうち第1章と第2章では、1940年に渡米し、在米の亡命ロシア文学社会で活動しつつ、『ロリータ』出版を期に、アメリカを代表する作家となるナボコフの姿が描かれる。その中でもとりわけ印象的な点を挙げてみたい。

一つは、ヨーロッパですでにロシア語作家として地歩を築いていたV・シーリン・ナボコフが、亡命後のアメリカのロシア人社会で、気苦労の多い生活を送りつつ、小説家として自らの売り込みに心を砕いていたころ、彼がハーヴァ―ド大学のポストに執着を見せた、というくだりである。「長年同(=ハーヴァード)大学が所在するケンブリッジに住み、ハーヴァード大学の博物館で研究していたナボコフにとって、ハーヴァード大学のスラブ学科の椅子はのどから手が出るほどほしい・・・・・・・・・・・・・ものだった(傍点評者)」。大作家ナボコフが一大学のポストにここまで執着したとは想像しがたい。

二つ目は、ナボコフとジェイムズ・ロフリンというアメリカ人編集者の関係である。独立系の出版社ニューディレクション社を立ち上げたロフリンはナボコフを丁重に迎え、小説『セバスチャン・ナイト』や評論『ニコライ・ゴーゴリ』など、結果的に彼の作品を5点出版した。当初二人の関係はきわめて良好であり、芸術性を重視するこの編集人の傾向は、ナボコフのそれと一致していた。しかし、次第に名が売れ、読者からの評価に満足できなくなっていったナボコフは、ロフリンに「結局、文学は愉快なだけではありません。それはビジネスなのです。」と、全く意外な言葉を放ったという。同社がスキャンダルのリスクのために『ロリータ』の出版を断念し、1955年にパリのオリンピア社、1958年にアメリカのパットナム社からこの作品が出版され大評判を得ると、ナボコフのロフリンに対する態度はさらに冷たくなり、その蜜月は終わりを迎えた。

ナボコフが自らを売り込む才能に長けていたことは、第4章でさらに補強される。捕虫網を持ったナボコフの姿と、彼と妻とのツーショット写真。『ロリータ』の作者が性的倒錯者ではなく、健全な社会生活を送っていることが、これらの写真によって裏付けられる。それにとどまらず、ナボコフの写真は『ライフ』などの一般誌、テレビ、そして『エスクワイア』やファッション誌『ヴォーグ』などにも登場する。ナボコフは自己プロデュースに長けた芸術家だった。ただしそれは虚栄心からくるというより、アメリカの亡命生活で気苦労が絶えなかったナボコフにとって、小説とは、優れていれば自然と読まれるものではなく、周到な売り込み戦略が有効な表現であったということを、意味しているように思われる。

前著において展開されたナボコフ小説の緻密な読解とは別に、そして本書で明らかにされる小説成立の裏事情は、人間ナボコフへの興味をかきたてながら、ナボコフ小説へのもう一つのアプローチをわれわれに示しているのである。
この記事の中でご紹介した本
アメリカのナボコフ  ――塗りかえられた自画像/慶應義塾大学出版会
アメリカのナボコフ ――塗りかえられた自画像
著 者:秋草 俊一郎
出版社:慶應義塾大学出版会
「アメリカのナボコフ ――塗りかえられた自画像」は以下からご購入できます
「アメリカのナボコフ ――塗りかえられた自画像」出版社のホームページはこちら
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