韓国の民衆美術(ミンジュン・アート) 抵抗の美学と思想 書評|古川 美佳(岩波書店)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年7月14日 / 新聞掲載日:2018年7月13日(第3247号)

いまの日本で必要とされる視点 
韓国の美術が社会と向き合った軌跡

韓国の民衆美術(ミンジュン・アート) 抵抗の美学と思想
著 者:古川 美佳
出版社:岩波書店
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日本の現在や過去を批判するものはいま反日と呼ばれる。とかく日本人の韓国評は先入観に偏りがちで客観性に欠ける。本書は美術書だが、韓国の原理がいかに日本と異なり、社会が建設的に変貌しつつあるかを知るよすがにもなる。

著者の古川美佳は、韓国の民衆美術の系譜の作家、さらに日本軍「慰安婦」の少女像の紹介、論述に努めてきた。本書はその第一人者による民衆美術の初の体系的な紹介だ。現代美術と少女像は日本の美術界の感覚では結びにくいだろうが、これは韓国社会の本質的な理解に関わる。

韓国は日本帝国の支配終了の解放後、アメリカの軍政、続く独裁政権の支配下に長らくあった。1987年に民主化が実現し、ひとまず近代的な民主国家となった。これはたゆまぬ市民の政治的希求によるものだ。その大きな流れの中で生まれ、一翼を担ったのが、強い政治的主張とときに市民の参画も促した民衆美術だ。これを題材や様式上の政治的傾向という位相でのみ捉えることはできないだろう。

民衆美術の出発点は1979年のグループ「現実と発言」だとされる(金英那『韓国近代美術の百年』三元社)。美術史の文脈で見ればそうだが、著者はその淵源を1960年代の政治的プロテストに付随した仮面劇などの伝統芸能の実演に見る。さすがに韓国通なだけに、韓国の政治史との関わりの中で文学を含めた対抗性の強い文化運動の膨大な情報を巧みに整理していく。

古川の民衆美術の理解には大きなふたつの柱がある。まず民衆美術は民俗的な大衆表現にその根を持つが、それが往々にして朝鮮の歴史で培われた宗教的、宇宙的な思想が核にあることだ。次にその出発点のひとつが光州自由美術人協議会だとすることだ。光州という場所性の強調である。

かつては敬遠されがちの民衆美術だが、いまの韓国現代アートの礎となった両輪のひとつという認識はほぼ定着しているようだ。もう一方が抽象絵画の単色画だ。2016年の釜山ビエンナーレでは単色画と民衆美術の接点を探る試みが見られた。古川はこの単色画に冷淡で、社会と遊離したモダニズムとみなす。

この単色画も身体性と伝統宗教思想の要素を持つのは事実で、コインの両輪と言ってもそう間違いではないだろう。だが、依拠した伝統思想に階級的な違いは見られる。民衆美術は庶民に近いシャーマニズムや弥勒信仰を志向する。このあたりが、おそらく彼女の評価の分かれ目なのだろう。

もうひとつの柱、光州の視点について。韓国の政治運動は、1980年に独裁政権が多くの市民を虐殺した光州民衆抗争を大きなメルクマールとする。この光州の血の記憶を作品によって語り継ぐのが民衆美術だ。これは市民との有機的な相互関係の苗床ともなる。昨今の(海外の)現代アートでは双方向の関係性のアクティヴィズムが社会責任、そして美学上からも重視される。ここから民衆美術に大きな鉱脈を見ることもできる。

一端誕生した革新政権から保守へと揺り戻した朴槿恵大統領を退陣に追い込む大きなうねりをつくった2016年のキャンドルデモ。これは創意工夫をこらした文化性に富んだ特長を持つという。ここから、1960年代における民主化闘争の文化運動、80年代の光州民衆抗争で活躍した版画作家たちと結びつける視点が生まれる。

「少女像」もまた人権思想の発露と美術表現の融合である。韓国社会の政治運動と文化の距離の近さから民衆美術を「少女像」に結びつけて論を張る姿勢は古川の見識の鋭さだ。

本書への最大の突っ込みは、おそらく文中に頻出の(市民と異なる)「民衆」概念に対する信頼性からの懐疑だろう。だが解放後の韓国史を振り返るなら、この民衆が苦難を乗り越え民主主義を刷新し続けている歴史的実存をさすと了解される。そのうねりの熱さの余波を本書からは感じることができた。
この記事の中でご紹介した本
韓国の民衆美術(ミンジュン・アート)  抵抗の美学と思想/岩波書店
韓国の民衆美術(ミンジュン・アート) 抵抗の美学と思想
著 者:古川 美佳
出版社:岩波書店
以下のオンライン書店でご購入できます
「韓国の民衆美術(ミンジュン・アート) 抵抗の美学と思想」出版社のホームページはこちら
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