不便ですてきな江戸の町 時空を超えて江戸暮らし 書評|永井 義男(柏書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年7月14日 / 新聞掲載日:2018年7月13日(第3247号)

不便ですてきな江戸の町 時空を超えて江戸暮らし 書評
読者の五感を揺さぶる 
リアルな疑似体験を提供する仕掛け

不便ですてきな江戸の町 時空を超えて江戸暮らし
著 者:永井 義男
出版社:柏書房
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古い家屋の中で、ひょんなことから「江戸」へ通じる通路を見つけてしまった島辺国広。この大発見を報告した相手が古文書解読講座の師・会沢竜真。二人は連れだってタイムスリップを画策する。江戸弁を練習したり着物の着方を学んだりして万全の準備を整え、いよいよ二百年程前の文政八年(一八二五)へと出立し……。

江戸風俗研究家であり時代小説家の永井義男氏が、研究書でも時代小説でもなく、タイムワープ小説に取り組んだ異色の本書。一週間だけの江戸「時間旅行」は、果たしてどんな展開になるのでしょうか。

旅籠屋に湯屋、呉服屋、見せ物小屋、吉原。島辺と会沢の二人は、お江戸の町を歩き回り「実体験」を重ねます。遭遇するのは驚きばかり。蕎麦屋の汁はやたらしょっぱくて麺の太さもふぞろい。グルメ評論家の言う風味やコシを味わうなんて、とんでもない。江戸前の寿司はまるでおにぎりのような巨大なシャリ。上にちょこんとのるネタは新鮮どころか、酢〆やヅケにされた魚。トイレは紙がないだけでなく、くみ取った下肥は桶に入れられ、なんと喧噪の町中を堂々と天秤棒で運ばれていくではないか。あたりには馥郁たる?香りが漂い……読者の五感も激しく揺さぶられ二人と一緒にお江戸を旅しているよう。リアルな疑似体験を提供する格好の仕掛けとして、作者は「タイムワープ小説」のスタイルを採用したのでしょう。

私たちが過去を振り返る際、多くの場合「大文字」の歴史をたどることになりがちです。戦いの勝敗や統治制度の変化、国内外の情勢といった、いわば記録された事件や出来事を知識として理解することが中心になります。だからこそ、「どんなばあいにも、理念よりはむしろひとつの衣服のひだのほうが、永遠である」(ヴァルター・ベンヤミン)という言葉のように、教科書に「書かれなかった」暮らしのディテイルを五感・感覚から想起しつつ時代を読み解く行為は、実に新鮮で手応えがある。いやそもそもそうした細部が寄せ集まった地層が、幾重にも折り重なった結果が「歴史」であるはず――本書を読みながらそんなことに思いを馳せました。

二人が訪ねたお江戸・文政から約二百年、私達の「衣食住」の変遷を見れば、今や「衣」は洋服に、「住」はフローリングやプレハブにと洋風一色になりました。ところが「食」はどうでしょう? 蕎麦、寿司、天ぷら、豆腐、甘酒……時間旅行で二人が味わった江戸の食は、現代の食卓にも当然のごとく並び、堪能され続けているではありませんか。暮らしに根ざした味覚文化の骨太さに感動します。昨今、新たな視点からの歴史書が数々登場しヒットしていますが、女や子供や凡庸な庶民の暮らしの「フラジャイルな側面」を、実感をともないながら饒舌に語り出す作業については、まだまだやるべきことが残されていそうです。ぜひ読み手の「五感」を揺さぶる歴史の書が、本書に刺激され次々に誕生してくることを願います。
この記事の中でご紹介した本
不便ですてきな江戸の町 時空を超えて江戸暮らし/柏書房
不便ですてきな江戸の町 時空を超えて江戸暮らし
著 者:永井 義男
出版社:柏書房
以下のオンライン書店でご購入できます
「不便ですてきな江戸の町 時空を超えて江戸暮らし」出版社のホームページはこちら
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