パラオの心にふれて 思い出の中の「日本」 書評|山本 悠子(サンパウロ)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年7月14日 / 新聞掲載日:2018年7月13日(第3247号)

掘り起こされていく個々の人生はことさら貴重に

パラオの心にふれて 思い出の中の「日本」
著 者:山本 悠子
出版社:サンパウロ
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四年ほど前になるだろうか。今年二月に亡くなった俳人の金子兜太氏から「他界」についてどう思うのか、のべ十五時間以上にわたって話を聞いたことがある。

そのとき驚いたのは、どのような切り口から“死”に迫っても、結局はトラック島での戦争体験に戻っていくことだった。

米軍の戦闘機や爆撃機によって、のべつまくなしに人が殺されていく。その間、日本兵はあらかじめ掘っておいた人が一人やっと入れるくらいの穴(通称たこつぼ)のなかにうずくまり、じっと耐える。「もしもその間に尿意や便意をもよおしたらどうするのか?」と問うと、「そういった極限状況下では、人間は何時間でも、何十時間でももよおさないんだ」と真剣な顔で教えられた。戦争体験者ならではのナマの声である。

今回、四百ページ以上にもおよぶ本書を支えているのもそうしたナマの声である。ミクロネシア諸島のパラオで当時の人々が体験した戦争が胆念に収録されている。金子氏が日本側から見た戦争だとしたら、本書は現地の人々から見た戦争および敗戦後の記録である。  

著者はカトリック信徒宣教者会の信徒宣教者に応募し、二〇○○年にパラオに派遣された。到着後、現地の神父から依頼されたことは、「パラオの年輩の人びとから日本統治時代のさまざまな体験を聞き取り、書き留めてほしい」。幸いパラオのおじいちゃん、おばあちゃんは日本語で教育を受けた経験があり、完全ではないがまだ日本語が話せる。

そこで著者はかなりきめ細やかな取材を開始した。

警察職についていたオイカワさんの「逃亡」「寝返り」の謎を探偵のように追い、ぼんやりとだがその背景に潜む複雑な事情が次第に明らかになっていく。

また教育問題にも光を当て、現地住民向け「公学校」と日本人向け「小学校」では教育内容が大きく異なっていた事実にも迫る。

これまであまり伝えられてこなかったこととして、真摯に互いを思い合う日本人男性と現地の女性が少なからずいたということにも驚かされる。だが家庭を築くことは難しく、特に官職についていた男性は遠地へ左遷させられ、子供が生まれても一緒に暮らすことは叶わなかった。

そして忘れてはいけないのは、前線で日本兵と共に危険な任務に就いたパラオの青年男子がいたことである。だが日本側からその任務に対する補償は今日にいたるまで一切ないという。

それなのに……。著者は不思議な思いで立ち止まる。取材で出会ったパラオの人々のなかには、日本人への感謝の思いを口にし、日本の歌や遊びを懐かしく回想する者さえいる。飢えで骨と皮になった日本兵の無残な姿を思い出し、「一番 可哀ソウ ダッタノワ 日本ノ 兵隊サン」と言葉をつまらせる者もいた、その優しさは一体どこからくるのだろうか。

「戦争」には、その悲惨さも痛みも苦しみもどこか一色に染めあげてしまう横暴さがある。だからだろうか。本書のように一人ひとりの名前を記しながら、掘り起こされていく個々の人生はことさら貴重に思えてきてならない。

著者はパラオに派遣される前年に長年連れ添った伴侶を亡くされたという。

経験した者でなければわかり合えない哀しみがこの世にはある。この時期に派遣された不思議(神の摂理)をふと思ってしまった。
この記事の中でご紹介した本
パラオの心にふれて 思い出の中の「日本」/サンパウロ
パラオの心にふれて 思い出の中の「日本」
著 者:山本 悠子
出版社:サンパウロ
以下のオンライン書店でご購入できます
「パラオの心にふれて 思い出の中の「日本」」出版社のホームページはこちら
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