脳がわかれば心がわかるか──脳科学リテラシー養成講座 書評|山本 貴光(太田出版)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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【書評キャンパス】大学生がススメる本
更新日:2018年7月14日 / 新聞掲載日:2018年7月13日(第3247号)

『脳がわかれば心がわかるか 脳科学リテラシー養成講座』 山本貴光・吉川浩満著
早稲田大学 柏木 健太郎

脳がわかれば心がわかるか──脳科学リテラシー養成講座
著 者:山本 貴光、吉川 浩満
出版社:太田出版
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どうすれば私のことを分かってもらえるのか、どうして私の気持ちが分からないのか、そもそも「私」っていったい何?

このような、考え始めると途端に混乱してしまうような問題、近づいていくと答えが見えなくなってしまう問題を、私たちはとりあえず「分かって」いることにして暮らしている。しかし、これまで適用してきたルールが崩れる状況やふとした瞬間にそんな問いを抱えてしまう私たちは、それをどのように解決していけばいいのか。心と脳という馴染み深いテーマから、その問いの読み解き方を指南してくれるのが本書である。 

たとえば、第一章「脳情報のトリック」によれば、巷にあふれる「わたしがわかる本」は、「だから」と「じつは」の構造によって支えられているという。確かに、「○○だからこうなんだ!」と断言されるとすっきりするし、「みんな××と思っているけど、実は○○」と教えてもらうと理解した気になれる。しかし、そんな「だから」と「じつは」から得られる納得感の裏で覆い隠されてしまうことがある。それは「わたしたちの日々の日常的な経験と、脳科学が提出する知見とのあいだに生じる対立の問題」である。その問題は「ジレンマ」として哲学者により定義されている。そこで生じるジレンマを体現しているのが脳科学であり、そこから、本書は脳科学と哲学において心と脳の関係がどのように扱われてきたかを解説している。

さらに、その心脳問題の探求の中で生じるのが「ある種の知的な気分」だとする考えが紹介される。この表現は一見学問と離れた感覚的な概念のように思われるが、心脳問題ではこの性質が重要な意味を持つ。「ある種の知的な気分」を持ったときにしか心脳問題というある意味面倒くさい、厄介な考えが浮上してこないためだ。私たちが普段送る日常から少し離れた視点からいつもの生活を眺めてみるとき、今まで思いもしなかった疑問が浮かんでしまう。それが「ある種の知的な気分」であり、そんな多くの人に覚えがあるだろう感覚と心脳問題という哲学的な命題を結びつけて語る本書は、脳科学を中心に扱っていながらまぎれもない哲学書でもある。そのアプローチは人文学と自然科学がかけ離れたものではなく、互いに結びつくことでより我々が直面する世界に対する視野を大きく広げる営みであることを伝えてくれる。

そして、本書はその「ある種の知的な気分」を導いてくれる最良の案内役に違いない。文中の巻末に載せられた各章に対応する詳細なブックガイドも、その手引きとなってくれる。私たちにとって身近な問題から脳科学、哲学の前線へ読者を導いてくれる構成も丹念だ。本書の冒頭のまえがきには「哲学の思考とは、要するに、知識や物事を成り立たせている前提や条件を吟味する営みのこと」と定義されている。日常の些細な疑問も本書が教えてくれるようなリテラシーを持って上手く対応できれば、その先に広がる哲学、そして広く人文学の世界への扉が開くということだろう。本書では、心脳問題という長年議論されながらも結論はしばらく出そうにない問題を、平易でありながらその複雑さを失うことなく語ることで、物事を過度に単純化し無理やり理解を促す論法にあふれる社会から距離を置き、立ち止まって考えるための方法が示されている。脳科学への興味に限らず、普段から生活の中で様々な疑問を持ってしまうような方に読んでみてほしい。
この記事の中でご紹介した本
脳がわかれば心がわかるか──脳科学リテラシー養成講座/太田出版
脳がわかれば心がわかるか──脳科学リテラシー養成講座
著 者:山本 貴光、吉川 浩満
出版社:太田出版
以下のオンライン書店でご購入できます
「脳がわかれば心がわかるか──脳科学リテラシー養成講座」出版社のホームページはこちら
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