家族写真をめぐる 私たちの歴史  在日朝鮮人・被差別部落・アイヌ・沖縄・外国人女性 書評|皇甫 康子(御茶の水書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2016年10月14日 / 新聞掲載日:2016年10月14日(第3160号)

家族写真をめぐる 私たちの歴史  在日朝鮮人・被差別部落・アイヌ・沖縄・外国人女性 書評
「私たちの歴史」と世界史をつなぐ 二重の差別を受けてきた女性の立場から歴史を再検証する

家族写真をめぐる 私たちの歴史  在日朝鮮人・被差別部落・アイヌ・沖縄・外国人女性
出版社:御茶の水書房
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カメラの前で姿勢を正し、いくらか緊張した面持ちでこちらを見つめる新婚夫婦がいる。旅先での撮影だろうか、祖母に抱かれ、笑みを浮かべる孫がいる。町の写真館でポーズをとる晴れ着姿の集合写真からは、節目を迎えた家族の喜びが伝わってくる。本書に収められた家族写真は一見どれも幸せな家族の姿を写し取っているように思える。

ところが、写真を見ているうちに、あることに気づかされた。カメラに正対し、じっとレンズを見つめる人びとに自分が見つめられているような気になってきたのだ。見られる者が、見る者をまなざし返す視線の強度。彼女たちの目は、希望や理想だけでは語り尽くせない家族の歴史が写真の背後にあることを訴えている。

これらの家族はそれでも理想や希望を写真に託さなければならなかった。その訳は本書に寄せられた24の家族の物語と巻末に収められた対談で明らかになる。本書に収録された写真の多くは、もともと遠くに住む家族や親戚に送るために撮られたものだ。家族の喪失や悲哀が写り込んでしまう日常のスナップではなく、「こうでありたい」、あるいは「こう見てほしい」という願望を織り込んだ家族写真が撮られたことにはそういう理由があった。

三部構成の本書に収録されているのは「在日朝鮮人女性たち」、「被差別部落出身の女性たち」、そして「アイヌ、沖縄、フィリピン、スリランカ、ベトナムの女性たち」の家族写真をめぐる文章で、いずれも優れて個人的な物語ばかりだ。しかし、個人史が横につながり、世代を超えて縦につながるとき、そこに彼女たちを翻弄してきた植民地支配の歴史と、未だにそのことに正面から向き合おうとしない現代日本社会の歪な姿が浮かび上がってくる。

本書には注目すべき点が二つある。第一に、大文字の歴史、つまり国家や集団の歴史の陰でともすれば忘れ去られてしまいがちな個人の歴史に焦点を当てたことである。マイノリティをめぐる記述や研究においては、ほとんどの場合、集団の記憶や経験が語られる。その結果、個人の記憶は大きな語りの枠組みから抜け落ちていく。本書には客観的な記述を旨とする通常の学術書にはない迫力と説得力があるが、それは行間から生身の人間の声が聞こえてくるからだ。

注目すべき第二の点は、収録された文章がすべて女性たちによって綴られていることだ。編者の皇甫康子は、人種、民族、ジェンダーによって差別され、排除されてきた女性たちが日本社会にあってはその存在すら「ないものとされている」ことを指摘し、彼女たちの表現には「自分たちの存在をないものにさせない力強さがある」とも述べている。マイノリティ集団の中にあっても抑圧され、いわば二重の差別を受けてきた女性の立場から歴史を再検証する本書の意義は極めて大きい。

クラスの子どもたちの好奇の目を避けるため、民族衣装を着た写真を隠してわざわざ「日本人にみせるためのアルバムをつくった」という子ども時代のエピソードが紹介されている。差別は、マジョリティにとっては意識されることもないが、差別される側にとっては日々の生活のなかにある痛みの経験なのだ。

本書を読み進めながら、私はずっと言葉の力について考えていた。著者の宮前千雅子が述べているように「自らを語る新たな言葉を獲得するのはたやすくない」が、それでも、いや、それだからこそ、新しい言葉が求められている。彼女の言葉は、自らの立ち位置を疑わなくても生きていけるマジョリティの側にこそ向けられている。この問題に関しては、誰もが当事者なのである。

巻末の年表には、社会的な出来事に加えて、著者たちの私的な出来事が併記されている。著者一人ひとりの「私たちの歴史」と世界史をつなごうとする本書の試みは高く評価されてよい。権力による分断と抑圧の構造は、多くの場合それと意識されることのない、人びとの日々の小さな暴力の積み重ねによって支えられている。必読の書である。
この記事の中でご紹介した本
家族写真をめぐる 私たちの歴史  在日朝鮮人・被差別部落・アイヌ・沖縄・外国人女性/御茶の水書房
家族写真をめぐる 私たちの歴史  在日朝鮮人・被差別部落・アイヌ・沖縄・外国人女性
著 者:皇甫 康子
出版社:御茶の水書房
以下のオンライン書店でご購入できます
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