非日常の湖 九螺 ささら著『神様の住所』|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

ニューエイジ登場
更新日:2018年7月24日 / 新聞掲載日:2018年7月20日(第3248号)

非日常の湖
九螺 ささら著『神様の住所』

このエントリーをはてなブックマークに追加
この6月に朝日出版社から、『神様の住所』という初の著書を上梓した。

解説とも読める文章を前後から、アイスビスケットサンドのように短歌ではさんだ項目が84あるというスタイルの、哲学的不思議ワールドを目指したものだ。

本書の執筆は2016年12月26日から始まり、出版される2018.6月頭まで続いた。

執筆中ずっと、わたしの頭の中に二人の人物が「棲んでいた」。



二人とも、顔ははっきりとは見えない。

一人は男のサラリーマン。長袖の白シャツの腕をまくっている。茹だるような都心の真夏の中、足元がふらついている。

「彼」は、自殺を決めたばかりだ。

生真面目に生きてきた。子どもの頃は親を喜ばせようとして。大人になってからは社会や会社や上司に従おうとして。

そして、壊れた。

「決める」とか、そんな理性は既に働かなかった。ただ、体と心が死しか求めていなかった。

行きたい場所はそこしかなかった。

彼は、こう思った。
(死ぬなら、死ぬ前に、生きている間には出来なかったことをしよう。それから死のう)

彼は生まれて初めて、風俗店に入った。彼にとって考え得る、最も罪深い場所だった。

神様の住所(九螺 ささら)朝日出版社
神様の住所
九螺 ささら
朝日出版社
  • オンライン書店で買う
店に入ってきた男を見た瞬間、(この人、自殺する気なんだ)と女は分かった。もともと直感に優れていたが、この職業に就いてますます磨かれた。

女は、男に何も言わず、対価以上の彼女のエネルギーを、彼の体に注いだ。

彼の体と心は蘇った。生き返ったかのようにリフレッシュして、もう死ぬどころではなくなった。

死が急速に遠ざかり、生きるしかなくなった。

彼は、(またいつかここに来よう。また死にたくなったら)と思いながら、無言で店を出た。


男は、二度とその店を訪れなかった。

そのまま天寿を全うすることになる。

臨終の床の周りを、彼の関係者が囲んでいた。しかし彼は、目を閉じて死ぬ瞬間、頭の中で、あの、一回だけ行った風俗の女性のことを思い出していた……。


この二人は一体何なんだろう。わたしは自問自答した。

そして、「非日常」なんだろうと理解した。彼らはわたしの非日常であり、風俗店の女性はサラリーマンにとっての非日常なんだろうと。

短歌を含めた詩歌は、散文と比して韻文と呼ばれる。「霞みを食っては生きられない」とか「パンか薔薇か」などと言われるが、韻文では生活はできない。そして生活とは散文的なものである。

けれど、人もわたしもよく、「また頑張ろうと思いました」とか、思ったり言ったりする。その「頑張ること」とは、つまり生活のことだ。そして「また」の前には、韻文的非日常があったはずなのだ。

人にとって、日常こそが大事だ。しかしその日常を虚しくさせないために、微量の非日常が必要だ、と感じる。

韻文は、非日常という湖を提供する。人は湖にしばし浸かり、また散文そのものの日常に戻ってゆく。


『神様の住所』が出版されてから、「二人」を見ることはない。

頭の外ででもいいから、あの二人に会いたいと思う。 
この記事の中でご紹介した本
神様の住所/朝日出版社
神様の住所
著 者:九螺 ささら
出版社:朝日出版社
以下のオンライン書店でご購入できます
「神様の住所」出版社のホームページはこちら
このエントリーをはてなブックマークに追加
九螺 ささら 氏の関連記事
ニューエイジ登場のその他の記事
ニューエイジ登場をもっと見る >
文学 > 日本文学 > 随筆・エッセー関連記事
随筆・エッセーの関連記事をもっと見る >