大正=歴史の踊り場とは何か 現代の起点を探る 書評|鷲田 清一(講談社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年7月21日 / 新聞掲載日:2018年7月20日(第3248号)

多様性とダイナミズム 
「大正」に着目した横断的な共同研究

大正=歴史の踊り場とは何か 現代の起点を探る
著 者:鷲田 清一
出版社:講談社
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生前退位が決まり、私たちは「平成」を振り返る時間をたっぷりすぎるほど与えられた。そうでなくとも、元号を単位に時代を語ることは私たちにとってごく当たり前の振る舞いになってしまっている。特に平成の場合、直接知っている世代が多い昭和との対比で語られがちだ。

しかし、そういう対比はわかりやすくもある一方、私たちの思考を限定し、狭めてしまってもいる。ではそれ以前はどうだったのだろうか? そこに歴史研究の出番がある。

本書は、「大正」という時代に着目した横断的な共同研究の成果である。大正と聞くと、その短さもあって“大正デモクラシー”や“モボ・モガ”といったワードくらいしか思い浮かばないひとも多いのではなかろうか。だが本書を読むと、そんな紋切り型をはるかに超える多様性とダイナミズムに満ちた時代であったことがくっきりと浮かび上がる。

大正は、明治以来の近代化が社会や文化のあらゆる面で大きな曲がり角を迎えた時代であった。そしてそのなかで、「現代の起点」となるような動きや制度が生まれてくる。

たとえば、関東大震災からの復興、第一次世界大戦後の不況は、都市化をいっそう加速させた。その結果、「サラリーマン」階層が形成され、農村部を離れた貧民たちが大都市に流入し漂流し始める。それは、「社会の〈中景〉ともいうべき相互扶助の共同体、つまりは地域コミュニティが急速に痩せ細って」(鷲田清一)いくことでもあった。そしてそれに対し、「生存権」「生活権」が提起され、現在の民生委員制度の元となるような制度が全国各地で創設された(山室信一)。

だが、大正という時代がさらに興味深いのは、その一方において結局実現されないままに終わった多くの可能性が存在したことである。本書のタイトルにもなっている「踊り場」は、各分野でそうした未発の諸可能性が交錯し、うごめく時代であった「大正」を表現するとても魅力的な概念だ。

たとえば、学校毎のオリジナルと思いがちな校歌は、実は伝統的な「替え歌」の文化という民衆音楽のネットワークの延長線上にあるものであり、大正時代にはまだ数多くの「流用」校歌が存在した。そこには、国家システムに「上から」組み込まれた学校というモデルに回収されない、もうひとつの可能性があったことが示唆されている(渡辺裕)。

また大正時代は、詩語の大きな過渡期であった。文語詩から口語詩へと移行が進むなかで、詩と散文の違いについての問いが初めて鋭く問われるようになる。それは詩と散文の未分化な混乱状態をもたらすが、そのなかで民衆詩が隆盛し、萩原朔太郎、宮澤賢治、中原中也らの試みが生まれる(佐々木幹郎)。

過去に存在した可能性をできる限り精密かつありのままに記述することは、そのまま未来への選択肢を拓くことである。本書では、そんな歴史研究の醍醐味が存分に味わえる。紙幅の関係もありすべてにはふれられないが、本書に収められた諸論考、コラムのどれもがその点充実した密度の濃いもの揃いだ。

そして、評者にとって何より印象的だったのは、本書全体を通じて伝わってくる現在の日本社会に対する深い危機感である。

平成も終わりを迎えようとするいま、「働き方改革」「一億総活躍」「地方創生」などといった耳当たりの良いフレーズが声高に叫ばれれば叫ばれるほど、劣悪な労働環境、進む少子高齢化や過疎化の現状を私たちは目の当たりにして茫然と立ち尽くしてしまう。その現実は、無力感を抱いてしまいそうなほど解決困難なものにも見える。でもどこかに活路はあるはずだ。しかしその発見にきっと近道はない。私たちの社会がたどってきた歴史をくまなく丹念に探索してみること、そしてそこに社会自体が忘却してしまっていたもうひとつの道筋を発見すること。本書は、そんな実践の端緒となりうる一冊である
この記事の中でご紹介した本
大正=歴史の踊り場とは何か 現代の起点を探る/講談社
大正=歴史の踊り場とは何か 現代の起点を探る
著 者:鷲田 清一
出版社:講談社
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