マノン・レスコー 書評|アベ・プレヴォー(光文社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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【書評キャンパス】大学生がススメる本
更新日:2018年7月21日 / 新聞掲載日:2018年7月20日(第3248号)

プレヴォ著『マノン・レスコー』 
学習院大学 永田 翔希

マノン・レスコー
著 者:アベ・プレヴォー
出版社:光文社
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時は18世紀フランス、ドーバー海峡に面した港町カレ。語り手は、シュヴァリエ(騎士)の称号をもつデ・グリュとの再会をはたす。だがどうも様子がおかしい。ふさいだ顔で力なく語りはじめた青年の傍らで、語り手は事のテン末を書きしるす。恋の魔力で人生を棒にふった恋人たちの哀話を。「ファム・ファタル」文学の草分けとして知られる、アベ・プレヴォの『マノン・レスコー』は静かに始まる。

だが件の女性はそこにはいない。何らかの事情が二人を遠ざけている。〈不在の人物を語る〉一人称小説の形態は、不幸な結末を予見させ、「この物語ほど正確かつ忠実なものはほかにない」と語り手はその「語り」の確かさを担保する。となるともう大変だ。善良な読者は青年の境遇を憐れみながら頁をくり、感涙にむせびながら本を閉じる。ここに一つの罠がある。この作品に漂う、えも言われぬ生々しさとは一体なにか。その鍵はマノンの性格にある。
「この不思議な女の性格につくづく感心させられる」ことになる、G・Mの息子との不貞の場面に目を向けよう。恋人の度重なる裏切りに、デ・グリュは我慢の限界に達していた。それもそのはず、これが三度目の不貞であったからだ。怒りをうちにとどめ、平静さを装いながら、問題の部屋に乗り込むデ・グリュ。だが、またしても男は裏切られることになる。部屋にいたのは「いつもと変わらないやさしい」マノンであったのだ。

瞬間的な心境の変化はマノンの素直な反応に凝縮される。「彼女は(…)かすかな驚きを示しただけでした」。両者の気持ちのすれ違いは、この戸惑いによって雄弁に語られる。たたみかける彼女の言葉は読者の度肝を抜く。「驚いたわ、あなたは何て無鉄砲なの!」あろうことか、デ・グリュの正義は逆に断罪された。悪びれもせず、この期に及んでも飄々としている女を前に、ただ当惑するしかない。だが、程なくして、この「呑気さ」の驚くべき効果を我々は目にする。再会の喜びに埋もれていたデ・グリュの怒りが、この反応によって膨れあがり、噴出したのだ。
「わたしを非難しながらも、同情せずにはいられないでしょう」読者に語りかけるようなデ・グリュの言葉に、この作品の一つのからくりを見る。これはデ・グリュの物語である。裏をかえせば、どれだけ状況がマノンの後押しをしても、彼女に同情することは許されない。行動の善悪、原因と結果の因果などは、この物語においてさほど意味をなさない。青年の過ちを咎めながらも、その語りの熱っぽさに惹きつけられていく、そんな一人称の魔術に酔うことができるのだ。

興奮と平静を忙しなく行き来し、どこか捉えどころのないデ・グリュに比べて、マノンの一貫した「呑気さ」は不気味に感じられる。だが、そんな彼女の存在が結果的に生々しいまでのリアリスムを影で支えている。「涙ながらに詫びるかわいそうなマノン」は件の場面にふさわしくなかった、ただそれだけなのである。

自然で飾らないものは、人を惹きつける。デ・グリュの「語り」の熱量は、今なお、読者の心を揺さぶり続ける。

(野崎歓訳)
この記事の中でご紹介した本
マノン・レスコー/光文社
マノン・レスコー
著 者:アベ・プレヴォー
出版社:光文社
以下のオンライン書店でご購入できます
「マノン・レスコー」出版社のホームページはこちら
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