思想の科学 書評|鶴見 俊輔(編集グループSURE)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年7月19日 / 新聞掲載日:2016年4月1日(第3134号)

思想の科学 書評
興味深いエピソードの数々 吉川幸次郎、小田実、丸山眞男

思想の科学
著 者:鶴見 俊輔
出版社:編集グループSURE
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私もメンバーの一員である「思想の科学研究会」のほうからとりあげよう。巻頭でこの会のことをサークル連合で、しかも「除名のない集まり」と捉え、それが会の特色だと鶴見はみている。「大阪グループ」のことが出ているが、中央公論版が自主刊行になった際、それを支えるように、と呼びかけがあって私たちが結成したのが「思想の科学名古屋グループ」だ。

「紙芝居作家、加太こうじのこと」を読んで思い出すのは彼が日本福祉大学の客員教授になった時、名古屋駅近くの飲み屋でアレコレ話した。私が「ナゴヤっ子」だと知って名古屋(中京)をいろいろ勉強しようと質問攻めにあったことだ。

加太は「小学校のころから紙芝居の絵をかくようになり、やがて「黄金バット」の三代目のかき手となる。……かなりの高収入を得て、LPレコードをあつめ、短歌の仲間とまじわり、ひとつの総合芸術として紙芝居に打ち込んだ」と書いている。

哲学者の古在由重と同じ戦場で十数年勤めたことがあった。ある時、君の話は視覚的で、見たまま伝えるのがうまいと、ちょっとほめられたことがある。私は子供のころ、紙芝居が来るのを毎日楽しみに待っていたと話すと、うなずかれていた。「カンちゃん」という紙芝居屋が近くの広場にやってきて一銭(一円の百分の一)出して見ていた。お金がない時は「拍子木」を叩いて一廻りしてくると、タダで見せてくれた。「黄金バット」という紙芝居が印象にのこっている。加太さんは短い「戦争の終りからはじまり、そこにもどった」の文中で、「胸部カリエスの手術のあと復員した時、姉がこの戦争に反対の思想を守っていた数人の論文を見せてくれた。それが「思想の科学」のもとになった人びとだ。「武谷三男のディコ・ブラーエ論、丸山眞男の荻生徂徠論、渡辺慧訳のマリー・キュリー著『ピエール・キュリー伝』、それに日米交換船を共にした都留重人、武田清子……それは一九三五年創刊の『世界文化』、その翌る年、一九三六年に創刊された隔週刊『土曜日』である。共に京都で刊行され、、中心メンバーが投獄されて終刑になった。……武谷は会の全体ではなく、編集委員の意志によって誌面をつくることを『思想の科学』の原則にすることを主張」したと回想している

また著者は「もやい」としての「思想の科学」について語っている。「催合」は共同で使ったり、所有したりすること、思想の科学の活動を象徴した特徴づけとして妙である。
まなざし(鶴見 俊輔)藤原書店
まなざし
鶴見 俊輔
藤原書店
  • オンライン書店で買う
『まなざし』のカバーは著者の笑顔が大きく映っていて、ほほえましい。Ⅰには石牟札道子、吉川勇一、小田実らがとりあげられている。私には「陶淵明と一海さん」という小文が気になった。陶の詩に「老人が毎日どうすごすかという態度について示唆がある」という。米寿を迎える私は思わず目を注いだ。

京大人文研に就職して著者が出会った吉川幸次郎のこと、この人から受けた学恩は自由な研究者・鶴見を方向づけた。京大、東工大、同志社大と、いつでもパッとやめるのは陶淵明の「帰去束辞」(帰りなん、いざ田園まさに蕪かんとす)が深く脳裡にあったからだという。自分の心に帰る生き方が、大学を辞めたあとの「私の生涯」だと人生を導いた言葉に思いをはせている。

つぎに「小田実スタイル」に私は強烈な印象をもった。「彼は一九六五年の日本という状況に、彼のスタイルで訴えた。ヴェトナムに対してアメリカ合衆国が攻撃を仕掛けるという状況、そのアメリカに日本国が協力するという状況に対する彼の姿勢だった。スタイル、西洋横断飛行のリンドバーグ、サイレント映画のチャップリン、米国全土、やがて世界に訴えるその二人に似たものを彼はもっていた。日本の近代史の中では、江戸時代の越境者万次郎に似て……戦中戦後十三歳の彼〔小田〕を圧倒的軍事力によって追いつめた米国、戦後の窮乏にあって食料を与えて生きる条件をととのえた米国に対して、対等の人間として立った。そのスタイルが、ひれ伏す日本政府要人から小田実を区別する。」――と鶴見は万次郎と小田実が近しい人として立っていることに感嘆する。

丸山眞男は鶴見に対して君の家は近代日本の特権層であり、豊かで自由な家だから、しっかり観察しておくよう示唆したという。鶴見の母は後藤新平の娘で、鶴見少年が「おやつの時間」の少し前に勝手に喰べた時、短刀を取り出して私も死ぬから、お前も死ねと叱ったエピソードが伝えられている。

Ⅱには高野長英、「祖先後藤新平」「父鶴見祐輔」「姉鶴見和子」が収められている。特に後藤新平は長篇で「『衛生』はパブリック」で、衛生は賊軍、官軍の区別を超えたところに根があるという。また後藤には「イデオロギーがない」という指摘も偏見のなさが出ていて面白い。それは子供のとき賊軍の側に立って放り出された経験が「公共という考えの起源」だとのことだ。

鶴見和子が「跋にかえて」のなかで書いている。「母はサムライ気質で、長男を立派に育てなければ、ご先祖さまに申し訳がない、という強烈な責任感を持っていた」。それは正しい人、自分で自分の始末のできる人を指す。さきにあげたエピソードの気魄が浮かび上がってくるではないか。
この記事の中でご紹介した本
思想の科学/編集グループSURE
思想の科学
著 者:鶴見 俊輔
出版社:編集グループSURE
以下のオンライン書店でご購入できます
まなざし/藤原書店
まなざし
著 者:鶴見 俊輔
出版社:藤原書店
以下のオンライン書店でご購入できます
「まなざし」出版社のホームページはこちら
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