追憶の風景 書評|福島 泰樹(晶文社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年7月19日 / 新聞掲載日:2016年4月1日(第3134号)

回生のモメントを刻印 
赤裸々な心延えと鮮やかな人間論

追憶の風景
著 者:福島 泰樹
出版社:晶文社
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追憶の風景(福島 泰樹)晶文社
追憶の風景
福島 泰樹
晶文社
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一冊になるほど大部の追悼文を執筆した稀少なる筆者に『追悼私記』の吉本隆明氏がいる。氏は同書「後記」で「その人間の死が仕事の中絶につながっていて、その全体像から痛切(切実)な実感を与えられたとき、死を悼む即興にちかい文章をのこしてきた」と言い、「単なる人間スケッチの断片とは違う死を契機にして書かれた掌篇の人間論」と述べている。

『追憶の風景』も同じことが言えよう。著者の赤裸々な心延えと鮮やかな人間論を余すところなく伝える一巻で、「究極の人間論は追悼文にある」との思いを、新らたにさせられる。清水昶、立松和平氏ら時代を共に駆け抜けてきた同志たちから、埴谷雄高、吉本隆明氏らまで一〇八名の死者たち(うち三七人は私の知己でもある)の顔触れを見ていると、さまざまな感慨が去来する。それぞれの死者の内的世界に著者自身の魂の葛藤と呻きを凝縮させ、強靱な追尋力をもって分け入り、現世に残された私たちの感性と思想に回生のモメントを刻印する。

たとえば中井英夫氏への「薔薇色の骨」。反ミステリの金字塔『虚無への供物』の作者は、「短歌研究」「短歌」の編集長時代、本書にも登場する寺山修司、春日井建、塚本邦雄氏ら綺羅星を発掘した名伯楽である。追悼文冒頭の「薔薇色の骨に注ぎぬ美酒すこし黒鳥館に春の雪降れ」一首で追悼の条件は十分に満たされている。一首のキーワードに死者のすべてが象徴されている。薔薇を愛した作家は自身と居宅を「黒鳥館」主人、転居後は「流薔園」園丁を自称。「美酒すこし」にはヴァレリーの「美酒少し海へ流しぬ/「虚無」に捧ぐ供物にと」(失われた美酒)が含意され、三十一文字の弔歌が絢爛たるラビリンスを構成している。

そして吉本隆明氏への追悼文「よせやい」。献上された悼歌は「戦後民主主義の極みやマスメディアに飼い慣らされて国滅ぶべし」だ。訪ねたのは二〇〇九年五月、死の二年前で吉本氏は八十五歳。<話は、長谷川泰子をめぐる中原中也と小林秀雄との三角関係に及んだ。泰子を、中也から小林が「奪った」事件に私がふれた途端だった。「そういうの奪うって言うの(……)冗談じゃあねえよ」。吉本さんの語気が強まった。「それは人間関係において一番難しい、とてもきついことで、そんな簡単な言葉で割り切れるものじゃあない」しばらくおいて、「よせやい!」>

著者は「叱られて聴く、東京下町言葉の歯切れよさであった。足腰も弱り、視力は極度に衰えておられたが、思考はますます旺盛であられた」と記述する。著者には申し訳ないが、よくぞ叱られてくれた。不世出の世界的思想家に関する福音書にあるような挿話を記録してくれたことで、私(たち使徒)は欣喜雀躍するのである。

吉本氏自身が、「じぶんの結婚の経緯、これほどの難事件に当面したことなし」という三角関係の経験者だ。そして漱石の主要な作品がいずれも三角関係を扱っていることを、「漱石は三角関係という形を通して、明治末年の日本の都市の文明開化の度合いと、封建的、前近代的な要素の残存している度合いとを測る尺度としてそれを描出している」と解説してもいる。吉本氏の骨頂を見る思い。そして著者への信頼。下町言葉で「叱咤」(辞書に「大声でしかったり、励ましたりすること」とある)されたことの僥倖を羨望する所以だ。生き残った人々に限りない慰藉をもたらす追悼文の傑作である。
この記事の中でご紹介した本
追憶の風景/晶文社
追憶の風景
著 者:福島 泰樹
出版社:晶文社
以下のオンライン書店でご購入できます
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