ドニ・ディドロ、哲学者と政治 自由な主体をいかに生み出すか 書評|ジャンルイジ・ゴッジ(勁草書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年7月22日 / 新聞掲載日:2016年4月8日(第3135号)

ディドロあるいは啓蒙のアジテーター  
ゴッジによるラディカルな文献学の試み

ドニ・ディドロ、哲学者と政治 自由な主体をいかに生み出すか
著 者:ジャンルイジ・ゴッジ
出版社:勁草書房
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ジャンルイジ・ゴッジによるディドロ研究は、その徹底した方法意識を特色としている。その方法とは、間テクスト性という(ポスト)構造主義の遺産を、ポジティヴに、つまりはアカデミックな批判にも耐えるよう作り替えることである。この書物ではとりわけ、隠喩の間テクスト的な成立プロセス(第1論文)、所有的個人主義論の諸テクストとの交錯からのディドロの政治性の追跡(第2論文)、そして教養と称する規範刷り込み的な保守的修辞学に対抗する、公共政治を開くラディカルな修辞学としての雄弁性の発見(第3論文)といった論点に焦点が当てられている。

この書物は方法的であるというその特色故に、18世紀欧州と仏革命に関心のある読者はもちろん、およそ文学や思想史の今日的使命や文献学の(暗い?)未来を思わざるをえない人々、つまりはこの国で「人文社会系」と十把一絡げにされつつある研究者・学生に、さらには自立した読書人全てに捧げられた労作だと言っても過言ではない。ここでキーワードが、「修辞学」や「詩学」「文体論」ではなく、分岐を作るアジテーションとしての「雄弁」であることは偶然ではない。修辞学や詩学が、技法の分類と規範作成の博物館的歴史に引き籠もりがちになるのに対して、雄弁術は、対立と諍いのあるところに実践的実用的な武器として登場する。ゴッジが描き出すのは、武装した予言者ならぬ帯剣した哲学者としてのディドロなのだ。

具体的にこの書物の使用法を考えてみよう。これがディドロの隠喩を巡るテーマ批評だなどというあらぬ誤解を抱かぬためには、第三論文「最後のディドロと政治的雄弁」から読み始めるのもいいだろう。そうすれば、ディドロの駆使する隠喩が、テクストの「戯れ」などではなく、目的を目指す断固とした戦略――信条の左右を問わず保守的人間を作る修辞学を目指したホッブズに対抗して、立場の左右を問わず解放された修辞学つまりは賑やかな公共性をもたらす雄弁術を確立すること――の一環だと確認されるであろう。マクファーソンやポーコック、あるいは生政治などに興味があれば、第二論文「植民地建設と文明化」から始めるのがいいだろう。ここでは、文明と野蛮の対立を通して、つまりは主権の内と外を分けることから主体化のプロセスにアプローチした18世紀的発想が、明瞭に把握されている。読者は、エカチェリーナ帝時代のロシアを巡るディドロの言説を、たとえば、ダランベールによるジュネーヴを巡る言説と比較してみたくなるかもしれない。その違いの大きさに驚くなら、さらに一歩進めて、それを比較参照する手段が、第一論文「ディドロの政治的言語における三つのイメージ」で詳細かつ厳密に提示されていることを知るべきだろう。間テクスト性といっても、現代思想のクリステヴァでは文献学には「使えない」、そう嘆く代わりに、ゴッジの間テクスト性を使いこなそうではないか。ホッブズとヴォルテールの隠喩関係を掘り下げて、ディドロにおけるロック解釈がルソーのテクストを参照していること、この諸テクストの「複雑系」を腑分けしていくゴッジの技巧の冴えを繰り返し味わうべきだろう。ゴッジの仕事は、まさに間テクストの巨匠、文献学の世界的マエストロの証明に他ならない。

編訳者の王寺賢太氏の解説がややくどいと感じられる読者もおられるかもしれないが、これはゴッジの分厚い主著『百科全書から共和主義的雄弁へ』という巨大な背景が控えていますよ、この小さな訳書では語りきれない山脈のパノラマが広がっていますよ、という文献学者の親切な手招きであると考えておこう。いずれにせよ、先日亡くなってしまったがウンベルト・エーコ、声が細くなったようだがまだまだ元気なアントニオ・ネグリ、彼らに劣らず70年代イタリアの沸騰を現在に伝えるジャンルイジ・ゴッジが、日本語で読めるようになったということは、実に喜ばしい一つの事件である。(王寺賢太監訳・解題)
この記事の中でご紹介した本
ドニ・ディドロ、哲学者と政治 自由な主体をいかに生み出すか/勁草書房
ドニ・ディドロ、哲学者と政治 自由な主体をいかに生み出すか
著 者:ジャンルイジ・ゴッジ
出版社:勁草書房
以下のオンライン書店でご購入できます
「ドニ・ディドロ、哲学者と政治 自由な主体をいかに生み出すか」出版社のホームページはこちら
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